書評小塩真司 編著『非認知能力−概念・測定と教育の可能性』北大路書房、2021/8/13
本書が述べる「非認知能力」に関する教育の可能性とは何だろうか。確かに、科学としての心理学の尺度は価値中立的であり、小塩氏の言うように「副作用」の恐れもある。「社会からの要請」に応えるというプラスの側面とともに、それに振り回されるというマイナスの側面もあるだろう。これに対して、教育の立場からは、教育的価値に基づいた「教育目標」の設定が不可欠だと評者は考える。それは心理学の尺度とは異なるものである。本書では、教育効果がおもに心理学の尺度に基づいて評価されている。だが、教育現場の者にとっては、いわゆる「非認知能力」といえども、教育可能な「教育目標」を設定して、その到達度を評価する必要があるといえよう。
書評
小塩真司 編著
非認知能力
−概念・測定と教育の可能性−
北大路書房
2021/8/13
本書は、人間力、やりぬく力などの漠然とした言葉に拠らず、誠実性―課題にしっかりと取り組むパーソナリティ、グリット―困難な目標への情熱と粘り強さ、自己制御・自己コントロール―目標の達成に向けて自分を律する力、好奇心―新たな知識や経験を探究する原動力、批判的思考―情報を適切に読み解き活用する思考力、楽観性―将来をポジティブにみて柔軟に対処する能力、時間的展望―過去・現在・未来を関連づけて捉えるスキル、情動知能―情動を賢く活用する力、感情調整―感情にうまく対処する能力、共感性―他者の気持ちを共有して理解する心理特性、自尊感情―自分自身を価値ある存在だと思う心、セルフ・コンパッション―自分自身を受け入れて優しい気持ちを向ける力、マインドフルネス―「今ここ」に注意を向けて受け入れる力、レジリエンス―逆境をしなやかに生き延びる力、エゴ・レジリエンス―日常生活のストレスに柔軟に対応する力の15項目について、心理特性の概念、測定の方法、人為的な介入等による変容の可能性、そして教育に対する示唆について述べられている。
小塩氏は、非認知能力という言葉が広まる一方で、その中身は多様かつ曖昧であり、それぞれの人が非認知能力の中身をそれぞれの解釈で論じているという印象があると述べている。その上で、ある心理特性がすべてのよい結果につながるわけではないとし、どのような結果に結びつくかについては、それぞれの心理特性によって異なっており、何がよい結果をもたらすのかは、時代や場所によっても異なってくる可能性があり、誰の人生にとってもすべてにおいて万能な、よい心理特性が存在するわけではないということに留意するよう注意を促している。また、本書で非認知能力として取り上げた心理特性の中には、あまり望ましくない心理特性と関連するものもあるとしている。
さらに、小塩氏は、心理学者の中には、「非認知能力」や「非認知スキル」という言葉をなんとなく全面的に肯定できない気持ちを抱く人たちがいるのではないかとし、非認知能力という言葉は心理学の外からもたらされた言葉であり、「認知ではない」という意味からも、その中に非常に多くの概念を含むものだと考えられるとしている。加えて、これだけ多様な概念を非認知能力という言葉でひとくくりにしてしまってよいのか、また「非認知」という言葉を使っているとはいえ、どのような心理特性も認知的な側面とは明確に分けることはできないのではないか、という思いもあるのではないかとしている。そして、これまでの歴史からも明らかだが、社会から注目されることはさまざまな形で研究活動に影響を与えていくとし、多くの心理特性が非認知能力としてひとまとめにされてしまうことを懸念する一方で、非認知能力として心理学的な特性が注目される状況は、それぞれの心理特性について研究を推進するよい機会でもあるとしている。
本書が述べる「非認知能力」に関する教育の可能性とは何だろうか。確かに、科学としての心理学の尺度は価値中立的であり、小塩氏の言うように「副作用」の恐れもある。「社会からの要請」に応えるというプラスの側面とともに、それに振り回されるというマイナスの側面もあるだろう。これに対して、教育の立場からは、教育的価値に基づいた「教育目標」の設定が不可欠だと評者は考える。それは心理学の尺度とは異なるものである。本書では、教育効果がおもに心理学の尺度に基づいて評価されている。だが、教育現場の者にとっては、いわゆる「非認知能力」といえども、教育可能な「教育目標」を設定して、その到達度を評価する必要があるといえよう。
【出版社より】
非認知能力とは何か。「人間力」「やりぬく力」など漠然とした言葉に拠らず,心理学の知見から明快に論じる。誠実性,グリット,好奇心,自己制御,楽観性,レジリエンス,マインドフルネスなど関連する15の心理特性を取りあげ,教育や保育の現場でそれらを育む可能性を展望。非認知能力を広く深く知ることができる一冊。
●【主な目次】
まえがき
序章 非認知能力とはなにか
1章 誠実性
2章 グリット
3章 自己制御・自己コントロール
4章 好奇心
5章 批判的思考
6章 楽観性
7章 時間的展望
8章 情動知能
9章 感情調整
10章 共感性
11章 自尊感情
12章 セルフ・コンパッション
13章 マインドフルネス
14章 レジリエンス
15章 エゴ・レジリエンス
終章 非認知能力と教育について
・用語集
・文 献
・索 引
■本書『非認知能力』の概要
ヘックマン『幼児教育の経済学』(2015)やポール・タフ『私たちは子どもに何ができるのか』(2017)の邦訳で一気に注目され,学習指導要領(平成29年3月告示)をはじめ,わが国の教育政策に多大な影響を与えた概念,「非認知能力」とは一体何であったのか?
非認知能力とは何か。「人間力」「やりぬく力」など漠然とした言葉に拠らず,心理学の知見から明快に論じる。誠実性,グリット,好奇心,自己制御,楽観性,レジリエンス,マインドフルネスなど関連する15の心理特性を取りあげ,教育や保育の現場でそれらを育む可能性を展望。非認知能力を広く深く知ることができる一冊。
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白梅学園大学名誉教授 無藤 隆氏 推薦!
「非認知能力」とは何か。心理学で実証された15種類の心理特性から,
@非認知能力は教育可能である,Aその教育は望ましい成果(学力や健康・幸福・社会的活動)につながる。
本書から多くを学ぶことができた。広く教育・保育の関係者に勧めたい。
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■本書『非認知能力』の主な目次
●序章 非認知能力とは
●1章 誠実性 ―― 課題にしっかりと取り組むパーソナリティ
1節 誠実性とは
2節 誠実性の基礎研究
3節 誠実性を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●2章 グリット ―― 困難な目標への情熱と粘り強さ
1節 グリットとは
2節 グリットの基礎研究
3節 グリットを伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●3章 自己制御・自己コントロール ―― 目標の達成に向けて自分を律する力
1節 自己制御・自己コントロールとは
2節 自己制御・自己コントロールの基礎研究
3節 自己制御・自己コントロールを伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●4章 好奇心 ―― 新たな知識や経験を探究する原動力
1節 好奇心とは
2節 好奇心の基礎研究
3節 好奇心を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●5章 批判的思考 ―― 情報を適切に読み解き活用する思考力
1節 批判的思考とは
2節 批判的思考の基礎研究
3節 批判的思考を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●6章 楽観性 ―― 将来をポジティブにみて柔軟に対処する能力
1節 楽観性とは
2節 楽観性の基礎研究
3節 楽観性を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●7章 時間的展望 ―― 過去・現在・未来を関連づけて捉えるスキル
1節 時間的展望とは
2節 時間的展望の基礎研究
3節 時間的展望を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●8章 情動知能 ―― 情動を賢く活用する力
1節 情動知能とは
2節 情動知能の基礎研究
3節 情動知能を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●9章 感情調整 ―― 感情にうまく対処する能力
1節 感情調整とは
2節 感情調整の基礎研究
3節 感情調整を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●10章 共感性 ―― 他者の気持ちを共有し、理解する心理特性
1節 共感性とは
2節 共感性の基礎研究
3節 共感性を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●11章 自尊感情 ―― 自分自身を価値ある存在だと思う心
1節 自尊感情とは
2節 自尊感情の基礎研究
3節 自尊感情を伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●12章 セルフ・コンパッション ―― 自分自身を受け入れて優しい気持ちを向ける力
1節 セルフ・コンパッションとは
2節 セルフ・コンパッションの基礎研究
3節 セルフ・コンパッションを伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●13章 マインドフルネス ―― 「今ここ」に注意を向けて受け入れる力
1節 マインドフルネスとは
2節 マインドフルネスの基礎研究
3節 マインドフルネスを伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●14章 レジリエンス ―― 逆境をしなやかに生き延びる力
1節 レジリエンスとは
2節 レジリエンスの基礎研究
3節 レジリエンスを伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●15章 エゴ・レジリエンス ―― 日常生活のストレスに柔軟に対応する力
1節 エゴ・レジリエンスとは
2節 エゴ・レジリエンスの基礎研究
3節 エゴ・レジリエンスを伸ばすための介入研究
4節 教育の可能性
●終章 非認知能力と教育について
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