平成28年度〜30年度科研費(C)研究報告 「個人化する若者に対する社会化支援における暗黙知の解明」 研究代表者 西村美東士 課題番号16K04564  最終年度の30年度に所属の研究組織を退職となり、研究が継続できなくなったため、29年度までの研究成果を報告いたします。 (キーワード1) 社会教育、暗黙知の可視化、暗黙知インタビュー、自立支援、キャリア支援、個人化 と社会化、技能分析、社会的能力 研究実績の概要  暗黙知については、対象のベテランに対して、現場での言動の映像記録を細かく―時停止し、これを「証拠」として、「暗黙知インタビュー」を行うことによって、可視化を進めた。「暗黙知インタビュー」においては、その言動(ときには表情)をインタビュアーが言語化してベテランに確認した上で、その言動の考え方、理由、判断基準、 程度、他のケースの場合などを答えてもらい、その結果を技能分析表の右欄の「行動のポイント、判断の基準、数量化」(「科学化」と呼ぶ】技術・技能教育研究所)に、 逐語的に本人の確認を得て書き込んでいった。とくに、個人化する若者に対する社会化支援においては、分析表冒頭の「業務の概要と意義」、「特に難しい部分」について、 十分に聞き込んでおく必要がある。その上で、若者のライフヒストリー、ライフスタイル、そこから生ずるニーズ、成長可能性を、適切に推察し、妥当性を確かめながら支援するという「暗黙知」を可視化し、「業務の概要と意義」、「特に難しい部分」と整合させながら右欄に書き込んだ。これをもとにマルチメディア教材を完成させた後、 組織の責任者にチェツクを求め、公開に耐えるよう必要に応じて修正した。  ―方、個人化する若者に対する社会化支援のわれわれの視点からは、研究代表者の所属する青少年研究会における調査結果に対する社会学的な考察結果について、再検討の必要性が浮かび上がった。その基底には、「若者の自立にとって不可欠な要素としての個人化」、「現代社会におけるアイデンティティ追求」、「社会化阻害要因としてのコミュニケーション充実強迫症」などのわれわれの研究関心がある。青少年研究会データの再検討の結果、次の4パターンを想定した。@自己主張抑制型】周りからの同化圧力に合わせて、自分の言いたいことを我慢する。A自己発揮型】社会で自分を発揮する。B自己追求型】自己を主観的に把握する。C自己拡大型】自己の活動分野を広げる。各パターン10個の質問肢を設け、6種類(アイデンティティ、自己概念、 生活に対する基本的考え、対他者関係、職業意識、社会意識)に振り分けた。分析においては、各パターンの支援ニーズの特徴を明らかにする。設問は次表の通りである。 なお「対他者関係」については、今の若者の個人化、社会化傾向に密接に関連しているため、採用した質問肢が多くなっている。また、ほかに、各パターン間の異同を見たい設問については、赤文字で示した上で灰色網掛けを施した。 表 若者の社会化支援のための評価尺度 種類 設問 自己発揮型 自己追求型 自己拡大型 自己主張抑制型 1アイデンテイテイ 1. 1 「自分はこれだ」という一っのものを見つけたい 1. 2 いろいろな自分を演じることはよいことだ 1. 3 場面に応じていろいろな自分を使い分けることはよいことだ 1. 4 自分のことをもっと知りたい 1. 5 生活のなかで、自分の個性や考え方を発揮したい 1. 6 自分のことを突き放して見られるようになりたい 2 自己概念 2. 1私は周りの人に恵まれている 2. 2私は引きこもったことがある 2. 3私は先輩や上司に助けられた 2. 4「これが自分だ」というものをつかみたい 2. 5私は私が目標とする人物になれると思っている 2. 6学校での教育は私を前向きにさせた 2. 7私はなぜ生きているのかを考えることがある 3生活に対する基本的考え 3. 1あくせくせずに楽しい時間を過ごしたい 3. 2充実した時間を過ごすために、積極的に活助したい 3. 3一生かけてやりたいと思っている趣味がある 3. 4親には感謝している 3. 5自分の行助を論理的に振り返ってみることは大切だ 3. 6理屈よりも、愛やっながりを大切にしたい 3. 7「若者は夢を持とう」とい言葉に、共鳴する 4対他者関係 4. 1親友なら、互いに考え方を理解しようとすることが必要だ 4. 2親友でも、互いに自分をさらけ出さないほうがよい 4. 3私はよい友達をっくるチャンスに恵まれている 4. 4人を助かすような働きかけはしたくない 4. 5見知らぬ他者と出会いたい 4. 6友達から「変な人」と思われないように気をっけている 4. 7高齢者のなかには尊敬できるよい人がいる 4. 8自分を厳しく叱ってくれる人は大切だと思う 4. 9自分の考えていることは説明すればわかってもらえる 4. 10表面的な付き合いになっても、ストレスのない方かよい 4. 11まわりの人たちに合わせることは必要である 4. 12SNSでいつもの友達とやりとりするのが好きだ 4. 13ネット上で見知らぬ人とやりとりするのが好きだ 4. 14ネットよりもリアルでっきあうほうがよい 4. 15ネットでは 知り合い同士でのっきあいに限った方がよい。 4. 16学カが同程度の人と付き合いたい 4. 17同じ趣味の友達が良い 4. 18批判されると思っても、言いたいことを書き込むことがある 4. 19意見が違っても、納得できるまで話し合える親友が必要だ 5職業意識 5. 1組織の中で仕事のリ一ダ一シップをとって働きたい 5. 2いい上司がいれば働きがいがある 5. 3仕事をこなすことによって、社会の継続や発展に寄与したい 5. 4仕事を通じて、自分の個性や考え方を具体化したい 5. 5経済的な豊かさは、努カよりも運と資質で決まるものだ 5. 6仕事の内客のことよりも、安定性のほうが大事だ 5. 7職場で、挨拶などのしっけを受けたくない。 6社会意識 6. 1いま暮らしている社会をよりよくしたい 6. 2一般的に社会といわれてもピンとこない。世間ならわかる。 6. 3自分の住むまちの一員としてやるペきことはやりたい 6. 4自分の住むまちをよりよくしたい 6. 5社会の不平等にっいて知りたい 6. 6社会的弱者の人々の気持ちを理解したい 7支援ニ―ズ 7. 1 新しい友達をっくれる場がほしい 7. 2 1対1で相議できる場がほしい 7. 3子どものころの自分の素直な感情を取り戻したい 7. 4知らなかった楽しみでも、いろいろと経験したい 7. 5一人でいられる空間がほしい 7. 6互いに考え方や意見を語り合える場がほしい 7. 7立派な大人と言われるようになるために努カしたい 7. 8自分の話を聞いてくれる場がほしい 7. 9人材育成にカを入れる職場は良い職場だ 7. 10 自分のもっている問題点に気づきたい  この結果から多変量解析によってパターンや支援ニーズ等を確かめ、その上で、バラエティを拡大した支援者の暗黙知との整合性を確かめたい。「臨床の知」の重要性が叫ばれて久しいが、若者支援研究においては、本研究の方法によって、その普遍化を進めることができると考える。  われわれは、研究のなかで社会化支援、個人化支援のほかに、社会人か個人かを超えて、充実して生きるプロセスをたどるための「第3の支援」がベテラン支援者のあいだに存在することに気づいた。「第3の支援」には、次のような特徴が見出された。 肩を押してくれる。 見守ってくれる。 話を聞いてくれる。 多様な機会を提供してくれる。 自由にやらせてもらいたいという若者の気分にマツチしている。 自由の浪費から自由時間の促進へと転換させてくれる。 初速が大切なので、動けないときに押してくれる。 行き過ぎを是正してくれる。 許してくれる。 ちょっと違うと言ってくれる。 方法、広がりが限定されず「何でもあり」である。 具体的な内容に絞り込めない、定義できない。 ウオツチして、プラスがマイナスかを判断する。 プッシュもせず、プルもしない待ちの教育である。 第3の支援には、癒しによる「原点リセット」機会の提供を含む。 能力獲得目標及びその到達度評価は行わないが、総括目標と個々人への効果測定及び事業評価は行う。  今後は、社会化支援、個人化支援と合わせて、これらの支援が、各パターンに応じて、具体的にはどのように展開されるのか、支援現場では、各パターンの状況やニー ズがどのように変化するのか、これをベテランはどのように判断してどのように行動するのか、動画証拠をもとに、そこでのベテランの暗黙知を明らかにしていきたい。