構造的理解に基づく子育て学習の支援のために −子育て支援学習における学生の社会的視野拡大の事例からの検討− 西村 美東士 (聖徳大学) 【要旨】  子育て支援においては、「問題解決のための個人学習」→「自分の子育て行動に対する気づき」→「親の会や地域社会における仲間との出会いを基礎にした集団学習」→「親の子育てまちづくりへの参画行動」という親の子育て学習の発展過程に基づく構造的理解が求められる。そこで、女子学生に子育て支援に関するグループ研究による学習を行わせ、その成果と学習過程における記述に表れた気づきを分析した。その結果、「自己への主体的関わり」→「他者との交流」→「社会への主体的関わり」という発展過程を示唆する事例を見いだすことができた。このような仲間や他者との出会いや交流を契機とした社会的視野の拡大過程は、親の子育て学習と共通する側面が少なくないと考えられる。「わが子の問題」から出発しつつも、社会的視野の拡大に発展するよう、親の学習を支援する必要があるといえよう。 1. 研究目的  われわれは、平成17年度から、文部科学省「私立大学学術研究高度化推進事業」の「社会連携研究推進事業」の補助を受け、大学院を中心として「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」を進めている。  われわれは、子育て学習の構造を次のように考えている。「問題解決のための個人学習」→「自分の子育て行動に対する気づき」→「親の会や地域社会における仲間との出会いを基礎にした集団学習」→「親の子育てまちづくりへの参画行動」。  本研究では、このような子育て学習のとらえ方を「子育て学習の構造的理解」と呼ぶことにした。この理解に基づき、第1図に示した「親の能力開発ラダー」を想定した。構造的理解によれば、ここで想定されたレベルを一段階ずつ上がっていくことが親能力開発のプロセスであると考えられる。子育て支援全般においても、このような親の社会参画にまで至る構造的理解を伴うことで本質的な問題解決にいたると考えられよう。 レベル4 子育てまちづくりへの参画      契機(親の会や地域社会での活動) レベル3 自分自身や家族関係に対する気づき      契機(家族の問題解決の取り組み) レベル2 自分の子育て行動に対する気づき      契機(わが子の問題解決の取り組み) レベル1 わが子のことをよく見る 第1図 親の能力開発ラダー  しかし、このラダーは単純な一方向的なものではない。@集団学習によって、個人学習による自己や自己の子育てへの気づき効果がより高まる、A主体的、客観的条件が整った場合は、親の会や地域社会における「仲間」との活動自体が、学習活動にとどまらずに、子育てまちづくりへの参画活動そのものとして行われる、B仲間との参画活動が個人の気づきを深め、集団学習の質をレベルアップさせる、などの「循環」が想定される。  子育て学習の構造を理解しようとする場合、一つのラダーを設定して、すべての学習の発展段階をそれに当てはめるということはできない。個人の子育て学習の局面ごとに、さまざまな循環とねじれを経て社会的視野が拡大していく状況をより詳細に検討しなければならない。子育て支援者においても、「子育て学習の構造的理解」に基づいて行動する必要があると考える。このような子育て学習の構造的理解のためには、「個人の社会的課題」の理解が重要である。なぜならば、社会参画に至る以前に、現代の若い親たちにとっては、「公園デビュー」などの、原初的ではあるが多難な社会的課題が自覚、無自覚のうちに山積し、その達成なしには、「子育てまちづくり」への参画、親の会などでの「仲間づくり」が危ぶまれる状況と考えるからである。 レベル4 子育て支援の視点をもった子ども支援者としての自覚      契機(チームワークによる研究活動) レベル3 子ども・家族・社会という広がりに関する気づき      契機(親の会や地域、社会に関する研究) レベル2 自分や仲間の「育てられ方」に関する気づき      契機(親の子育て研究) レベル1 自己の研究関心をよく見つめる 第2図 学生の子育て支援学習における能力開発ラダー  そこで、本研究は、子ども支援者(保育士、幼稚園教諭、小学校教諭)をめざす女子学生に「グループによる子育て支援研究課題」に取り組ませる授業を実施した。そこでの「若い母親予備軍」としての学生の気づきを分析し、その社会的視野の拡大過程を明らかにしようとした。具体的には第2図に示すような、親の能力開発ラダーの準モデルとしての「学生の子育て支援学習における能力開発ラダー」が妥当するか否かについて確かめようとした。 2. 研究方法 (1) 研究対象  対象は2005年度後期科目「児童学の基礎としての社会学」を受講する大学1年生297人、大学2年生39人とした。すべて女子学生で、大多数が、保育士、幼稚園・小学校教諭など、子ども支援者としての職業に就くことをめざしている。 (2) 授業方法 授業の進め方は以下のようにした。これまでの研究の成果、とくに現代学生の社会化過程における困難性の理解1)を踏まえ、次の3つの到達目標を学生に提示した。@親の気持ちがわかり、親や大人と向き合い、子育てを支援することができるようになる。A親たちが地域や親の会で積極的に活動し、主体的に参画することの意義を知っている。Bまちづくりや社会全体の観点から、子ども支援を考えることができるようになる。 本目標達成のため、学生に「子育て支援の課題」を記述させ、それに基づいて、教師から29の研究タスクを提示し、希望するタスクにより、5人程度のグループを作らせた。各グループに対して、次の課題を提示した。 @ 学習課題1【親の子育て研究】「自分たちは親にどう育ててもらってきたか」=「個人課題」としては子育て年表の作成、子育ての喜びとうれしかった時、子育ての悩みとつらかった時の把握。「グループ課題」としては、他者の「個人課題」研究成果とあわせて一覧表をつくって比較し、一致点と相違点を発見。 A 学習課題2【親の会研究】「親が組織する子育てに関わる団体活動の検討」=調査対象となるPTAなどの親の会を自己開拓させ、「わが子さえよければ」という親や「あなたまかせ」の大人たちが責任を持つようになり、親の会活動や子育てまちづくり活動に参画するようになるための気づき、自己成長の要因を検討。 B 学習課題3【自由課題研究】「学生が任意に設定した課題の検討」=見取り図、マップ、チラシ、ポスター、進行表、年間計画表、まちの人材リスト、グラフ、図解、文章化等のワーク手法により、研究を進め、その成果をプレゼン資料作成、口頭発表としてまとめる。提出物は「研究論文」とした。  本研究では「学生による子育て支援学習の成果分析(研究1)」と、「学習過程における気づきの記述分析(研究2)」に分けて検討した。 (3) 研究1の方法  学生の学習成果の分析は次のように行なった。各グループの次の研究成果の内容を検討した。@「自由課題に関する問題点と解決策」(図解)、A中間発表における投影資料(図表等)、B最終発表における投影資料(図表等)。提出数は66件あった。 (4) 研究2の方法  学生の記述内容の分析は次のように行なった。授業ごとに、毎回、「授業中や研究活動中に気づいたこと」または「研究活動報告」を個人として記述させ、その記述内容を逐語的に分析した。分析対象は、保育士をめざす学生及び小学校教諭をめざす学生計185人、記述件数延べ1,921件であった。 3. 結果と考察 (1)研究1  各学習課題に関する中間報告における投影資料を用いて検討した結果は次のとおりである2)。 学習課題1「自分たちは親にどう育ててもらってきたか」  学生に研究成果を一覧表としてまとめさせることによって、少なくとも表面的には、親の間の共通点、差異などを、明らかにすることができた。しかし、それをどのように整理したらよいのかということが学生には難しいようだった。 項目 A B C D E まとめ 子どもが生れた時の気持ち とても嬉しかった。 ほっとした。 嬉しかった。 無事に生まれてよかった。 嬉しかった。 無事にうまれてくれて幸せな気持ち。 親として責任を感じた。 子どもが生まれてきてくれて幸せになり嬉しかった。 みんな望まれて生まれてきた子ども。 第1表 グループ01の「親の子育て研究」中間報告(抜粋)  これに対して、グループ01のように、各調査項目ごとの「まとめ」を試みているグループもあった(第1表)。しかし、そのまとめ方には、全般的に、「共通点を見いだしてまとめる」という傾向が見いだされた。とくに学生によるまとめの言葉「みんな望まれて生まれてきた子ども」に代表されるような予定調和的な結論の仕方は、現代学生の志向を表していると考える。「ほっとした」、「無事に生まれてよかった」、「責任を感じた」などの示す出産前後の不安、責任感などの重要な要素が捨象されてしまっている。  研究を深めさせるためには、個人間の差異にもっと注目させ、学生の研究関心を引き出す必要があるだろう。さらには、そこから、調査対象個人の各項目間の回答の横断的分析まで深めさせていくことが、質的調査の発展を促すものになると考える。このことは、学生が社会化を達成するにあたって問題になることとも一致していると考える。すなわち、ピア・コンセプト(同輩意識)によって「群れのなかでの同質化」が進行することと、共通する答えを見いだそうとするあまり、個人間の興味深い差異を見過ごすこととは、本質的には通じていると考えられる。  この点で、個人的事象における異なりという事実に対して、科学的態度で臨もうとする研究態度は、ピア・コンセプトを乗り越えて望ましい社会的態度を獲得することにも資するものになると推察される。このようにして研究のなかで実現される個の発揮こそ、組織的目標達成と統合的に進めうるのだと考える。 学習課題2「親が組織する子育てに関わる団体活動の検討」  学生による「親の会研究」に関する中間報告における投影資料を用いて検討した結果は次のとおりである。  「親の会研究」も、「親の子育て研究」と同じ傾向が見いだされ、学生の研究と社会的視野の拡大を支援するに当たっての課題を示す結果になった。さらに、「親の会研究」では、PTA役員(委員を含む)をやらなかった親に対して、何を調査するかという点が、学生にとっては困難な問題となった。グループ02においては、B、C、Dの3人の親が「PTA役員を経験していない」という理由で除外されている(第2表)。そのため、PTAの肯定面は書かれているが、今後の課題は明確になっていない。 項目 A E PTAをしていて得したことは 学校の現場がよくわかった。 学校の様子がわかった。自分自身勉強になった。他人との交流ができた。 PTAの仕事 子どもたちのすごしやすい環境づくり。 学校行事の参加、企画、料理、手芸、救急法、PTA会費集金、PTA総会。 PTAは必要か 学校の現場を知るには必要。 親同士の交流になって子ども、学校の様子がわかるので必要。 第2表 グループ02の「親の会研究」中間報告(抜粋)  このことについては、次のように考える。学生の意識のなかで、社会参画の建前だけが先行してしまう場合、親一人一人の状況や感じ方に基づいて考察し、阻害要因等を科学的に突き止めていくという作業が困難になる。逆に、研究活動を通して、それぞれの親のもつケースごとの分析ができるようになれば、「すべての人が、同じように積極的に参加すべき」という実現困難な「内なる教条」を乗り越えることができるだろう。「建前」を疑うことなく自明のこととして処理する彼らの教条主義とも呼ぶべき思考過程は、科学的思考法を妨げるとともに、結局は彼らを社会参画から遠ざける働きをしていると考える。なぜなら、他者に対して「社会参加すべし」という「踏み絵」を押しつけようとする者は、結局は自らの自由な参加決定をも抑圧する結果になると考えられるからである。  これに対して、個人に対する臨床的な研究態度を養うことは、自分自身も含めて、「個人がおかれている状況のなかで、社会に対して、できる範囲で参加する」という柔軟で生産的な思考に転換することにもつながると考える。このことにより、自己という「個」を社会のなかで適正に位置づけて、社会参画に意欲をもつことができるようになり、結果として望ましい社会的態度の形成にも資するものになると考える。 学習課題3「学生が任意に設定した課題の検討」  自由課題研究の効果としては、次の4点を指摘できる。  第1に、学生自身およびその環境という「資源」の調査対象としての活用についてである。これは、調査の客観性の確保の面からいえば問題は多いといえるが、学生の自己客観視や、自己とは異なる他者の存在への気づきの面では、資するところが大きいともいえる。グループ03は、他者の親子関係との共通点と差異について検討した(第3表)。これらのことが、学生の社会的視野の拡大に寄与すると考えられる。 A B C D 最近どのように親とコミュニケーションをとっているか 話しをしたり、遊んだりする。 学校のことやいろいろなことを話す。 一緒にご飯を食べたり、話しをしたりする。 一緒に買い物に行ったりする。 第3表 グループ03の「親と子のコミュニケーション研究」中間報告(抜粋)  大学教師が学生による研究活動を推進しようとする場合、学生自身の価値観や周囲の人々の存在、生まれ育った環境等が一人一人異なることに気づかせ、それらを研究対象として関心を持たせ、客観視できるように導くことが重要であろう。それは、学生の研究能力の育成としてとともに、ピアコンセプトのマイナス面の克服にとっても効果が大きいと考える。  第2に、他者の意見という「事実」に対する主体的関与についてである。中間発表の当初、多くの学生は、被調査者が言ったことを、そのまま結論として利用しようとした。これは、今までの教育のなかで「答えを教えてもらうこと」に慣れてしまったことが原因と推察される。  教師は、「研究においては、『Aさんはこう考えている』というデータでしかない」と助言し、自分たちの切り口を見つけて、その回答を分析するように指示した。このようにして、受け身の姿勢を改めさせ、自らの主体的思考による分析を経て、結論するようにさせることが、学生の研究能力を育てることは明らかである。同時に、このことは、他者に対して主体的に関与しようとする意欲と能力につながるものと考える。  第3に、第2とも関連するが、他者の意見間および自己の意見との差異の解釈と構造的把握についてである。過去のワークショップ型授業において、他者の異なる価値観と出会い受容する「価値観ゲーム」が学生に容易に受け入れられたのに対して、他者の異なるカードをグループ化して表札をつけたり、全体を構造化したりする作業が必要になる「図解ワーク」は、学生の側に強い抵抗感があった3)。これは、自己とは異なる他者と「共存」はできても、理解の「共有」はできないという、現代学生の可能性と限界を示すものと考えられる。「人それぞれ」という言葉で簡単に片づけられてしまいがちなのである。  今回の研究成果においても、個人間の差異は見いだしているものの、全体をどう構造化して把握するかという面については、彼らの戸惑いがうかがわれた。その場合、教師が図解や類型化などによる検討を指示することは、彼らのもつ「人それぞれ」という限界を乗り越えさせ、「意味ある他者」を能動的に取り戻させるきっかけにもなると考える。  第4に、「批評精神を働かせる」ということについてである。上記第2、第3の効果を実現するためには、研究において必要とされる「批評精神」が、他者の回答を分析するにあたっても重要になると考える。「人それぞれ」で終わらせてしまっては、研究は深まらないからである。この点に関して、現代学生の「共存志向」には、「自分が批判されたくないから他者を批判しない」という消極的な傾向もうかがわれる。  現在、関係する諸学界において、青少年にとっての自己肯定感(Self-Esteem)の重要性が指摘されている。しかし、「批評されない」ということが、真の自己肯定感の涵養につながるとは考えられない。これに対して、研究活動において真摯な批評の方法を経験することは、「打たれ強い」、「友人と真摯に批判しあう」などの資質と能力にもつながる。その点で、安定した自己肯定感を養い、それに基づく望ましい教育効果をもつと考える。 (2) 研究2  1,921件の内、研究活動の自己に与えた効果にふれた記述は761件あった。これを検討した結果、社会的視野の拡大に関する8種類の効果が抽出された。ここでは、それぞれの効果について、1件ずつ代表的な記述を列記して分析したい。 記述01 自己の将来の社会的活動に関する認識  「発表を行ってみて、見やすさと分かりやすさに気を付けることが大切だと実感した」。他者に伝えることの重要性への気づきといえる。「私たちは連絡ノートについて調べているのだが、この研究のこれからの目標は、保護者と指導者の本音を聞き、自分たちが実際に教師になったときに、保護者の立場でも物事を考えられるようになることだと思う」。将来就くであろう子ども支援の職業において、子どもだけでなく、保護者にも目を向けた活動が重要であることに気づき始めている。「その目標に向かって、いろいろな人と接し、話を聞き、自分自身の考えを深めていきたい」。他者との交流のなかで思考を深めるようとしているととらえられる。 記述02 地域および見知らぬ他者への関心  「私の住んでいるところはよくお祭りが開催される。私は、今研究している『地域親密化あの手この手』と結びつけてお祭りを観察してみた。今まではただお祭りを楽しみにきているだけの地元の一般市民だったが、1人の調査者としてみているといろいろなことが見えてきた気がする」。この学生が研究活動をすることによって当事者意識が芽生えたのだととらえられる。「大人にとっては、お店を出したりと、日々の生活とは違った刺激を受けられ、」。非日常性の社会的意義への気づきといえる。「子どもにとっては、地元ならではのお祭りを楽しみ、『〜くんのお母さんがおそばを売ってる』など、違う家庭の親と子の小さなやりとりが生まれるきっかけになる」。異なる家庭の親と子のやりとりへの気づきといえる。「互いに共通していることは、だれもみんな笑顔でいることだ」。「どんな形でも、小さなきっかけでも、それは地域親密化につながる1歩なんだ」。「何より『楽しさ』を考えたい。これがなければどんなすばらしい企画でも意味をなさない」。地域および見知らぬ他者に対して関心をもち、さらには、その関心が、そういう人々の「笑顔」を広げる「企画」というかたちで主体的意識にまで発展する可能性があることを示している。 記述03 メンバーとしての責任感  「今回は、前回の授業で親に聞いてこようと決めた内容を話し合う予定だったが、私は親に聞かずに参加してしまい、みんなに迷惑をかけてしまった」。チームワークの面から自己反省をしている。「次回からはきちんと聞いてくるようにしたい」。メンバーとして必要な義務への気づきといえる。「新たな質問内容を考えた。でも、今までとは話の進み方が異なり、みんなで遠い昔話を持ち出しながら、自然な感じで質問内容を考えられた」。チームワークで研究成果を出すための効果的方法の一つといえよう。「こんなときでなければ話すことがないようなことも話題にでてくるので楽しい。たくさん話し合っていきたい」。研究メンバーの一員として責任をもつ活動のなかで、「楽しい」という言葉が適切に使われていると考える。 記述04 聴取による他者理解の意義の認識  「親の子育て研究は、自分のことを聞くのはちょっと恥ずかしいけれど、自分が何かをしてしまった時、親がどんな気持ちだったか聞くことができる」。相手の気持ちを理解することの意義への気づきといえる。「子どもとしての自分が思っていたこと、親が思っていたことを比較してみるとおもしろい」。相手の気持ちと自分の気持ちをすりあわせてみることの意義への気づきといえる。「自分の親と友達の親に同じ質問をして、家庭によってどう違うのか比べてみるのもおもしろいと思った」。自己の家庭の子育てから、他者の家庭の子育てにまで、関心が発展している。「親の会研究は、PTAの人にインタビューをする前に、今の親が、親の会に関して、学校に関して、子どもに関して、どう思っているのか聞いてみたいと思った」。活動的な親だけでなく、一般の親に対しても関心が向き始めている。「そうすることによって、今の親の考え方を予想するのではなく、きちんと理解でき、インタビューする内容も変わってくると思う」。研究対象について自分勝手に予想するのではなく、相手から聴取して理解しようとする研究態度の重要性への気づきといえる。「研究者にはできない、学生ならではの視点から疑問点を見つけ、深く研究していきたいと思った」。現在の自分を出発点として研究を進める主体的態度として、この気づきは重要といえる。 記述05 社会的倫理感  「安全冒険公園作りの研究については、まだ公園内の遊具の見取り図しかできてないので、遊具一つ一つの詳しい説明を書き、時間があれば立体的な公園像も作りたい」。「見取り図」といういわば「願望」を、客観性のあるものにしようとする態度は重要と考える。「私のグループには、親が小学校の内部に関わっている人がいて、頼み込めば、小学校の児童たちへのアンケートもとることができるみたいだけれど、そして私たちの研究には役立つのだろうけれど、私はあまりそういうのは好きではない。普通はとれないものなのだから、とらないほうがフェアというか、いいように思える」。研究には、自発的意思に基づく社会的倫理観が求められる。今回、各グループは、講義型の授業を受けているだけでは遭遇しないこの種類の問題にぶつかり、現実的な解決策を探し出していったと考えられる。 記述06 他者の異なる環境の認知  「私たちの班では田舎と都会の育ってきた環境の違いについて研究している。大学には、いろいろな地方からの学生が来ている。私の地元は都会とはいえないが、少し発展した地域である。友人の中には、私よりも都会に住んでる人、田舎に住んでいる人がいる。大学に入り、地方によって環境が違うため、考え方や風習などが違うと感じた」。地域の環境の違いによる個人差への気づきといえる。「今回こういう形で研究できることがうれしい。この研究の最終目標は、都会の子供たちと田舎の子供たちが交流するイベント開催だと思っている。目標に向かって頑張りたい」。「交流イベント」を媒介として、環境の差による個人間の断絶の問題を解決しようとしているととらえられる。 記述07 他者の意見の重視  「まだ改善すべき点が多く、そのような現状をしっかり把握して対策を考え、実行していかなければならない」。研究を計画的に進めることへの気づきといえる。「問題に対する解決策が弱いので、今回のようなグループワークを通して多くの意見を聞き、今ある考えを大きくしていきたい」。他者の多様な意見を積極的に取り入れて研究を進めるという志向が示されている。「子どものまちづくり、子育てのまちづくりがよりよい成果として出ればよいと思う。一人一人が考え、行動していくべき重要な課題であると思う」。他者の意見を重視する態度が、まちづくりの広い視点やその重視とつながっていくことが示されていると考える。 記述08 親の恩への気づき  「今日は親の子育て研究について、先週考えたいくつかの質問をメンバーが親に聞いてきたものを一覧表にした。私の父が言ったのだが、『子を持って知る親の恩』というものがあった。この言葉の意味に思わず納得してしまった」。通常では押しつけに受け取られかねない父親から娘への言葉も、研究のための聴取というフィルターを通した場合は、異なる効果があると考える。「親たちがどんな思いで、どれだけ苦労して私たちを育ててきてくれたのか、実際に自分が親にならないとわからない。私もいつか本当の親の気持ちをわかるようになりたい」。このように今まで受けてきた自分に対する「子育て」を、研究という立場から振り返ることにより、親の恩に気づく可能性があると考える。 4. おわりに  −親の能力開発ラダーと学生の子育て支援学習における能力開発ラダーとの関係− 以上に述べた学生の社会的視野の拡大過程の分析をもとに、親能力の構造的理解の観点から、第2図に示した学生のラダーモデルの妥当性を検討したい。ラダーモデルでは、自己の学習が、学生であれば研究仲間、親であれば子育て仲間との相互関与によってレベルアップすると想定した。そこで、(1)自己への主体的関わり、 (2)他者との交流、(3)社会への主体的関わりの3側面について、レベルアップへの影響を考えてみたい。 (1) 自己への主体的関わり  本研究において、自己の研究課題と結びつけて祭りを観察するという目的意識が、「いろいろなことが見えて」くるきっかけになるなどの効果を指摘した。  親は、「しぶしぶ始めたPTA」のなかで、主体的に企画するおもしろさを知り、成長していく。同様に、学生も、「授業だからいやおうなしに始めた研究」のなかで、分析する切り口を見つけ、自らが関心のもてる仮説を設定して、その仮説を検証するための研究を企画する。本授業で学生に提起した学習課題は、「勤勉だが、受け身で勉強する」という姿勢から、「おもしろいから研究する」という姿勢に学生を転換させる効果があったと考える。 (2) 他者との交流  本研究では、とくに、「親の子育て研究」などにおいて、他者との共通点や差異に直面し、これを整理して理解することの学習効果を指摘した。  親は、PTA役員になることにより、わが子とは学年の違う子の親などとも話す機会が増え、ときにはよその子や地域の人々と交流することにもなる。学生も、自由課題という研究目的を同じくする者同士と共同研究を行い、さらには、地域の親子や企業、店舗の人のところに行き、話をすることになる。  ネットワーク社会においては、交流を即目的とする交流より、むしろ、特定の目的のもとに人々が交流する。研究活動に付随して、このような交流を自主的に体験することは、ネットワーク社会における人的交流能力を育てることになると考える。 (3) 社会への主体的関わり  本研究において、子育て支援学習のなかで、地域の環境の違いによる個人差に気づき、環境の差による個人間の断絶の問題を解決したいと考えるようになった事例を指摘した。  親は、PTA役員になることにより、今まで話したことのなかった学校管理職等と話す機会が多くなり、わが子の周りとしての「学校」だけでなく、社会や地域のなかでの「学校」を知るようになる。学生も、今までに知識として習っていた「対象」について、調査をとおしてその「素顔」を知り、研究をとおして社会的文脈のなかで、その対象をとらえようとするようになる。  広い視野から自己の職業や生活を見ることができるようになることは、個人が社会のなかでの自己の位置を客観的に認識し、それをもとに社会に対して主体的に行動できるようになるために不可欠の要素と考える。  以上の3つのレベルアップの契機について、先に示した親及び学生のそれぞれの能力開発ラダーにおけるレベルと関連づけて、仮説的ではあるが示しておきたい(第3図)。親の子育て学習は、将来親や子ども支援者になる学生と同様、受け身の学習よりも参画型の学習、つまり研究に近い実践的活動のなかで、より効果的に社会的視野を拡大できると推察される。 親の子育て学習 学生の子育て支援学習 レベルアップの契機 レベル レベルアップの契機 レベル 社会への主体的関わり L4=子育てまちづくりへの参画 社会への主体的関わり L4=子育て支援の視点をもった子ども支援者としての自覚 他者との交流 L3=自分自身や家族関係に対する気づき 他者との交流 L3=子ども・家族・社会という広がりに関する気づき 自己への主体的関わり L2=自分の子育て行動に対する気づき L2=自分や仲間の「育てられ方」に関する気づき L1=わが子のことをよく見る 自己への主体的関わり L1=自己の研究関心をよく見つめる 第3図 親と学生の能力開発ラダーにおける社会的視野の拡大過程  本研究では、想定したラダーモデルにおけるレベルアップの順序性等の妥当性について、十分に確かめるまでには至らなかった。また、ラダーモデルの想定とは異なる発展のケースも取り上げて検討する必要があるだろう。さらに、レベルアップの契機についても、以上の3側面のほかにも、より詳しく検討したい。その上で、先述の考察を踏まえ、次のような点について、今後検討を進めていきたい。  教師が学生の研究関心を育てようとする場合、これが他者や社会との交流をとおして、社会的視野を拡大し、(卒業時までに)社会に関わる自己を位置づけるまでの高みに至ってこそ、翻って学生個人の研究関心の質も保証されるのではないか。同様に、親が「わが子の問題」から出発しつつも、他者と交流することによって社会的視野を拡大し、社会に対してより主体的に関わる展望をもってこそ、子育て学習も本質的に深まるものと考えられる。このようないわば「循環の構造」についても検討していく必要があると考える。  今後、子育て学習の構造をより詳しく明らかにすることによって、親が「子育て支援される対象」にとどまらず、「子育てまちづくりに参画するメンバー」にまで至るような子育て学習支援の可能性を探りたいと考える。 注記・引用文献 1) 西村美東士「学生の社会化を支援する大学授業の方法論」、徳島大学『大学教育研究ジ   ャーナル』1号、2004、pp.1-19 2) 西村美東士「学生の社会化支援の観点に立った子育て支援教育の研究−連鎖的参画に   よる子育てのまちづくり研究の一環として」、『聖徳大学生涯学習研究所紀要』4号、   2006、pp.49-62 3) 西村美東士「ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高   める授業方法」、『大学教育学会誌』22巻2号、2000、pp.194-202