学生の社会化支援の観点に立った「子育て支援」教育の研究 −「連鎖的参画による子育てのまちづくり」研究の一環として− 西村美東士 聖徳大学生涯学習研究所紀要『生涯学習研究4』(2006年3月)原稿 1 本稿の構成  われわれは、平成17年度から、文部科学省「私立大学学術研究高度化推進事業」の「社会連携研究推進事業」の補助を受け、大学院を中心として「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」を進めている。  その一環として、「地域・若者交流プロジェクト」による研究を行っている。そこでは院生・学生の社会参画力向上等をねらいとして、彼らの参加・参画による地域子育てプログラムの研究開発を進めている。  一方、われわれは、学生に対して双方向やワークショップ型の授業を行い、その効果を検証しようとしてきた。そして、現在では、保育士、幼稚園教員、学校教員などの子ども支援者として求められる社会化を達成させるための授業開発とその研究を行っている。  本稿では、上述の研究成果に基づき、現在、大学授業で学生に行わせている「子育て支援研究」の効果に関する検討を行い、学生の社会化支援の視点から、その意義と方法を明らかにしたい。  本稿は、上述の流れに沿って進めることとする。その構成を図1に示す。 図1 本稿の構成 2 「連鎖的参画による子育てのまちづくり」研究の目的と方法 2-1 本研究の目的  現在、少子化が進むなかで、多くの若い親たちは周りや地域に支えてくれる人もいないままに、メディアや本などから得た知識を頼りに、そして、子ども・子育て商品を受動的に受け取りながら子育てをしている。そのため、親の主体的、自発的な子育て意欲もなえ、子どもはその影響をまともに受けてしまっている。このままでは、少子化によるわが国のダメージは計り知れないものになる。  そこで、本研究では、学内に「子育て支援社会連携研究センター」を新設するにあたって、大学院の総合的指導性のもとに、地域のすべての構成員の連鎖的参画による地域活性化と関連産業の振興に結びつけて「子育て支援」を実践し、子育てのまちづくりのための開発的研究を行うことにした。本研究は、子育ての学びと活動をとおして、人々の社会への参加意識が希薄な現状を打ち破り、数の少ない子どもたちではあるが、彼らが子どもの良さを十分に発揮できる地域をつくろうとする研究である。  本研究により、学生、教員、市民、親子、関連産業、自治体のすべての連鎖的で主体的な参画を促進し、わが国の子育て支援、次世代育成と、子育てを中心とした地域振興の質的向上に資することによって、「自己形成と社会形成の一体化」を実現し、ひいては日本の子どもたちがすこやかに成長できるような地域環境づくりのために貢献しようとするものである。 2-2 本研究の仮説  上記の目的を達成するため、3つのプロジェクトによる開発的研究を行う。各プロジェクトにおいて設定された研究仮説は次のとおりである。 @地域連鎖の形成支援プロジェクト  「地域子育て支援と子ども・子育て産業との相互乗り入れ→子ども・親子向け産学民商品共同開発→子どもの生活習慣定着化→地域活動・経営活動双方の促進とネットワーク化→子育てに即反映→消費者全体の利益→経済的利益→『人に役立つ経営理念』構築→子育てのまちづくりの実現」というサイクルを、子育て支援センターのプロデュースのもとに、目に見えるかたちで実現することにより、子ども・親・市民・関連産業・まちが連鎖的に成長する。 A親能力確実習得プロジェクト  職業能力開発の手法と能動的学習方法を活用することによって、親教育プログラムは[達成目標の明示→教育側との学習契約成立→自己決定による受講→終了後の達成度自己評価→学習者による教育評価→相互関与による契約見直し→学習者参画型親教育の実現]という好循環を実現できる。 B地域・若者交流プロジェクト  院生・学生を地域の単位親の会等に派遣し、当該院生・学生に適宜適切な指導を与えることによって、自治体等ではなしえない地域子育て活動への若いセンスの導入と、大学から市民への直接的支援を行うことができる。その成果は、他プロジェクトとも連動して地域活性化に資するものとなる。さらに、この取組によって、院生・学生の社会参 画力を向上することができ、ひいては彼らに対して、今後の職業生活、地域生活における社会的リーダー養成という高等教育の役割を果たすことができる。 2-3 本研究の方法  本研究は、図2に示した方法で、各プロジェクトにおける上記研究仮説の妥当性を検証し、「自己形成と社会形成の一体化」というコンセプトを実現しようとするものである。  本研究は全学の学際的コーディネートのもとに進める。本研究における「学際」とは、具体的には、児童学、保育学、教育学、心理学、経営学、言語学、文化学、生活学、音楽学、文学学、介護福祉学、社会福祉学、図書館学、博物館学、保健学、栄養学、生涯学習学の境界領域をさし、家族問題論、子育て論、親教育論、コミュニティ形成論、市民活動論、自治体経営論、子ども・子育て産業経営論、ボランティア活動論、青少年育成論に関する開発的研究を意図している。  地域の連携相手すべてと全学教職員、院生、学生がプロジェクトを越えて総合的に連携して、地域の隅々で実践を蓄積し、そのデータベース化と分析・研究を進める。 2-4 社会化支援の視点から見た本研究の意義  現代社会において、青少年だけ、ましてや、学生だけが、望ましい社会化を達成したり、社会参画能力を身につけたりすることはできない。  自分の子どものことだけしか視野になく、あとは「専門機関任せ」の親たちばかり、まちづくりに無関心の市民や産業ばかりだとしたら、その地域で学生だけが自己形成と社会形成を一体化して進めることは困難である。  その点で、地域の市民、産業、行政、そして大学が連携し、連鎖的に参画する「子育てのまちづくり」の実践のなかで、学生にもそれに参画させるという本研究の構想は重要と考える。 3 「地域・若者交流プロジェクト」による研究の目的と方法 3-1 本研究の目的 本研究は、院生・学生と親との交流を基礎にした地域子育て活動の活性化をめざすものであり、地域子育てプログラムの研究開発への院生・学生の参加・参画を図るものである。 3-2 本研究の方法  先述した仮説の妥当性を検証するため、次の実践を行う。 @地域の隅々の「親の会」と派遣学生グループとの交流 A地域子育て活動への学生の参画および大学の知的貢献(参加した院生、学生は、後半には派遣先の団体の年間活動計画と中長期活動計画を作成する。) B青少年の社会的能力および社会参画力の育成と活用  その特色は次の3点である。 @院生・学生と単位親の会等との交流をとおした地域のすみずみでの交流。 A院生・学生の参加・参画による「地域子育て学」研究と地域子育て活動プログラムの開発。 B院生・学生の社会参画力の育成と結びついた大学教育・研究活動の展開。  本研究の成果として、地域子育て活動報告・評価シートや、院生、学生の変容過程とくに社会化の達成に関わる自己評価シートを電子化して、データベースを構築し、これを分析する。また、指導教員の検討を加えた「地域子育て活動モデルプログラム」を収録したハンドブックを出版し、その効果を検討する。 3-3 社会化支援の視点から見た本研究の意義  本研究においては、地域の単位親の会等の協力を得て、院生・学生を当該団体に派遣し、これに教員が適切な指導を与えることによって、自治体等ではなしえない地域子育て活動への若いセンスの導入と、大学から市民への直接的支援としての実践を行う。その成果は、他プロジェクトと連動させ、地域活性化に資するものとすることになる。  このような実践は、院生・学生の社会参画力を養うとともに、今後の職業生活、地域生活における社会的リーダーとしての自信を培うものになると考える。 4 学生の社会化支援としての双方向・ワークショップ型授業研究の成果と課題 4-1 双方向要素を取り入れた授業の研究 4-1-1 集中授業における授業イメージ等の分析結果  2000年度前期の徳島大学学芸員課程の科目「生涯学習概論」の2日間の集中講義の機会を用いて、自己決定の生き方を自ら選択するよう導く授業方法を検討した。そのことによって、学生の自己決定的な参加・参画に基づく手法であるワークショップ形態を中心にして、その指導の効果について明らかにしようとした。  学生の授業イメージの変容に関する質問紙調査や、学生の記述した文章及びワークショップ成果の分析の結果、学生の「即自」→「対自」→「対他(対他者)」の気づきの発展プロセスが検証された。しかし本研究では同時に、他者への気づきが「対自」や「即自」の気づきに再び転化して深まっていくことが確認された。学生の気づきのこのような「段階を踏んだ循環」を教師が予めよく理解し、それに沿った授業を展開する必要があることが明らかになった。*1 4-1-2 半期授業における各ワークの分析結果  2000年度後期の共通教育(教育学)「大学・市民・ボランティア」においては、すべての回について学生の授業イメージを調査した。*2  本授業は、「昨年当初は、半数近くの学生がこの授業を受ける理由について『単位取得以外に理由はない』とした。他方で、多くの市民が生涯学習に関心を示している。なぜ、このようなギャップが生ずるのか。市民の学びや、ボランティア活動の可能性を考えることによって、どのように学生として生きるか、市民として生きるか、他者にとって意味ある存在としての自分を発見するかという課題に対して、各人なりの答えがもてるようにする」ことを目標とした。また、ほとんどの回で「双方向要素」を取り入れた。以下の研究成果は大学の教育研究誌に公開した。*3  初回の「カード式発想法」については、「進め方がおもしろい」、「わくわくする」、「授業に親しみがわく」、「退屈しない」、「わかりやすい」などのいわば「即自的」な項目において高い評定を得た。  これは「なぜ、この授業を受けるのか」を各自がカードに記入して提出するワークショップであり、あとは教師が読み上げて黒板上で集計するのを観察していればよいというものであった。そのため、他者とのコミュニケーションが苦手な学生でも、気楽に参加することができたのだと推察された。  第2回の「出席ペーパーシステム」についても、「即自的」な項目において高い評定を得た。しかし、同時に、「幅広い見方ができるようになる」、「自分に気づける」などの対自的項目、「友達にこのシステムについて話したくなる」などの対他的項目においても評定が高かった。ラジオのディスクジョッキーに投稿するような形態での文章表現と、顔の見えない他者のそれを聴くことは、学生に適度な距離感を保証しながら対他の気づきを促す点で有効だったと推察された。  共同作業による「図解ワーク」は、前記2項目とは対照的に即自的項目の評定が低く、「心が安らぐ」、「くよくよしなくなる」などに対して平均値が中立値を大きく下回った。しかも、「人の痛みがわかるようになる」も低い。ただし、「団体で行動ができるようになる」、「リーダーシップが身につく」、「責任感が強くなる」に対しては肯定的であった。  このことは、チームワークが苦手な学生に対して団体行動や統率力、さらには責任感をもつようにグループワークを強制しただけでは、かえって「人の痛み」などを無視して表面的なワークに走らせる危険性があることを示唆していると推察された。  「価値観ゲーム」については、「心が安らぐ」ということはないものの、即自面でも「没頭できる」「退屈しない」という評定である。その上で、「自分に気づける」し、「団体で行動ができるようになる」、「相手のよいところを発見できる」という結果になった。  「価値観ゲーム」とは、愛、自己実現、正義などの項目を一対比較法で順位付けし、自他の価値観を知るものである。*4 これをグループ内で発表させ、また、相手の判断基準を納得するまで質問させて、異なる価値観を受容させた。  「対他は苦手」という学生の中には、社会化とは、先述のように自他の痛みを切り捨ててまで、組織や集団に奉仕することだと考えている学生もいると思われる。そういうタイプの学生には、望ましい社会化に向けた気づきにつながったと推察された。  「全員インタビューダイアローグ」については、「没頭できる」、「心が安らぐ」、「夢がもてる」の即自的項目のみならず、「自分と関係のある」という対自、「人を信頼できるようになる」、「団体で行動ができるようになる」、「リーダーシップが身につく」などの対他の項目でも評定がかなり低かった。反面、「言葉をうまく使えるようになる」、「判断力が身につく」、「自発性が身につく」「相手のよいところを発見できる」については他から突出して高い。  「インタビューダイアローグ」とは、「(司会者を置かずに)参加者の代表と講師(教師)との直接対談が行われるため、参加者の理解や問題意識が高められる」 *5(カッコ内は引用者)というものである。前回の授業で有志の学生から教師にインタビューさせた後、その回は全員にマイクをまわして「できるだけ何か一つでもインタビューするよう」指示したのである。  調査結果から、次のように推察された。講義型授業だけでなく、グループワークであっても、積極的に参加しない学生がいる。周りの学生もその学生に発言を促すことまではしない。グループの成果を上げることよりは、距離を置いて衝突を避けることの方が優先されるのだろう。しかし、積極的に参加しない学生は、じつは自己内の思考さえしていないおそれがある。  これに対して、その回は、教師がマイクをまわして発言を指示したことにより、そういう学生たちが仕方なく「自発的」に「自己の判断」を働かせて「言葉」を発し、他者にも気づいたのだろう。  しかし、見知らぬ大勢の他者の前で、発言を強制されることは、「心が安らがない」ばかりか、少なくとも当初は、学生自身にとって納得できる意義を感じられないことであることは、教師は留意する必要があったといえよう。教師が学生に「発問」することは、しばしば見られる指導行為の一つであるだけに、それを意識することは重要である。  しかも、その回、教師が学生に要請したことは、教師の問いに答えることではなく、教師に(「何でもいいから」ではあるが)インタビューせよということである。すなわち、問いを発するよう指示したのである。これは、「問うことを学ぶ」という学問の基本的姿勢を身につけさせるためのものであったのだが、「答えを教わる」ことに慣れてきて、しかもそれが正しい学習態度であると思い込んで安心している学生にとっては、いっそう衝撃が強かったものと推察される。 4-1-3 双方向授業による学生の社会化支援に関する考察  本研究において、学生の社会化における可能性とともに、困難性が明らかになった。  とくに、本授業の双方向要素の一定の部分は、一部の学生にとっては、主に即自的な面での不安、不快感が強く、そのため脱落者も多かったものと思われた。双方向授業と聞いて、初回の授業の途中ですでに、がっかりして出て行く学生の姿が、われわれには気になっていた。結果として、われわれは彼らを疎外したのではないか。 教師や親の言うとおりに「まじめに」勉強し、大学側も彼らの入学を認めたのである。われわれ教師はそういう青年たちを受け入れ、「まじめな勉強」とは異なる学問の魅力を伝える必要がある。  そして、「社会性を身につけること」が「曲がりなりにも」彼ら自身の願いでもあることを思えば、双方向授業に耐える社会性をもった青年だけを相手にするのではなく、それを恐れる学生に対しても、教師は社会化支援機能を発揮する責務があるだろう。  そのためには、学生個人個人の即自、対自、対他の気づきの状況、すなわち各人の個人化と社会化の状況に的確に対応した指導行為が大学授業に求められる。「十把一絡げ」では双方向授業は成立しない。 4-2 学生の社会化の段階及び類型の理解  徳島大学2002年度共通教育(教育学)「大学・市民・ボランティア」において、「もし宇宙に他者がいなければ、自分らしさはもっともよく守ることができるということになってしまうのか」という教師からの「揺さぶり」の発問ののち、「自分らしさを守り育てることと、社会性を身につけることはどういう関係にあるか」について学生56人に対して文章表現を提出させ、その記述内容を分析して類型化した。また、次の回にすべての記述を学生に示し、自分は他者のどの発言に共感したり、あこがれたりするかを回答させ、集約した。 *6  記述内容を分析した結果、以下の4つの意見が象徴的、代表的なものとして浮かび上がった。また、これらは、次の回のアンケートでも、多くの学生が「共感する」、「(自分は違うタイプだけど)あこがれる」などと回答した。 T 「自分らしく生きたい」と思っている今その全てが「自分らしさ」。社会性が身に付いていてもいなくても、それがそのまま「自分らしさ」。言葉に振り回されてはいけない。結局自分自身で認めるかどうかの問題。 U 他人と違う行為や言動で仲間から外されるという恐怖があって自分の意見を言えない。意思を押し通そうとすれば「協調性がない」と煙たがられる。自分らしさを守り育てることと、社会性を身につけることは相反する。 V 自分らしさを守り育てることは、社会性を身につけることの中に含まれる。社会性を身につけた上での、社会に受け入れられる自分らしさじゃないと価値がない。両者は同時に並行して行われなければならない。 W 自分らしさは、人と接することでさらに磨かれる。健全な両者を持つということは他者へも良い刺激となり、再び自分へつながる。よってこれら2つの関係は、お互いに盛りたてあう関係にある。木と根っこのようにも思える。  Tを「主観的自分らしさ優先型」と名付けた。彼らにとっては自分の中にもともとある自分らしさが大切であり、たとえ社会性が身についていなくても自分らしさの存在には疑いをもたない。その点から、社会にはあまりプレッシャーを感じないままに、能動的に働きかけることができると推察される。  Uを「同化圧力としての社会化型」と名付けた。彼らも自分の中にもともとある自分らしさを本当は大切にしたいのだが、同化圧力を敏感に感じるため、自分らしさを出すことは苦手である。とくにピア・プレッシャーが強いと考えられる。この回答自体が、広い意味での社会性ではなく、「仲間」からの圧力を前提としている。これらの点から、社会に対して基本的には受動的であると推察される。  Vを「社会への組込まれ必然型」と名付けた。第T類型とは反対に、自分らしさも社会に受け入れられなければ価値がないとしているからだ。社会によって規定される現実を受け入れている。「社会に受け入れられる」ことを優先しているので、社会に対して受動的と推察される。  Wを「社会と自己相互発展型」と名付けた。社会の中にあってこそ、自分らしさが磨かれるというのだ。そして、自己が社会を「盛りたてる」というところから、社会に対して能動的と推察された。 自己の中での 自分らしさ     U同化圧力としての  T主観的自分らしさ      社会化型       優先型 受動的                     能動的     V社会への組込まれ  W社会と自己      必然型        相互発展型 社会の中での 自分らしさ 図3 学生の社会化類型  このようなことから、図3のとおり「学生の社会化類型」を設定した。56人の記述分析をしたところ、Tは6人、Uは14人、Vは13人、Wは14人が該当した。価値中立または無価値型が6人いた。  ところが、「共感する」、「あこがれる」発言を集約したところ、Tは8人、Uは5人、Vは4人、Wは4人が支持を表明した。結果として、少数派の類型に所属するTが一番支持を集めたのである。 この点について、われわれは次のように考察した。 母数は小さいが、このデータの限りでは、(主観的には)社会から自由な「自己内自分らしさ型」が、逆にワークショップ型授業等での学生同士の関係において他の学生によい刺激を与える可能性を示唆している。大学授業において「自己内自分らしさ型」の欠点を補いつつも、力点は彼らの長所を発揮させるところにおくことが重要と考えられた。  各類型における社会化の特徴や問題点については、それぞれ次のように推察された。Tは自己を守ろうとする純潔さゆえに、組織や社会に対しては「仮所属」になりがち。Uは表面上は外部からの同化圧力に屈服した形をとり、主体的には社会に関わらない恐れがある。Vは過度に社会に適応しようとし、組織や社会になじめない自他の個性については否定しがち。Wは実際に自分らしさの危機に陥ったときに、それを認めようとしなかったり、挫折したりする恐れがある。  このように、4類型でとらえてみると、それぞれの類型ごとに異なる問題を抱えていると考察された。われわれは、この研究結果から、望ましい社会化のための近道や、ましてや普遍的な「唯一の道」などは期待できないと結論づけた。 5 学生による「子育て支援研究」の目的と方法 5-1 授業の目的  2005年度後期、聖徳大学学部1年生100人前後のクラスを毎週3コマ、2年生50人程度のクラスを1コマ担当し、標記の研究をさせる機会を得た。すべて女子学生であり、大多数が何らかの子ども支援者としての職業に就くことをめざしている。そこで、次のように授業の目的を設定した。  子育て支援が、「わが子さえよければ」という親ばかり生み出しているのでは、結局はよりよい子育ては実現できない。まちに「あなたまかせ」の親や大人たちしかいないのでは、「子育てのまち」「こどものまち」は実現できない。子育てのまちづくりのためには、子どもたちのほか、親、大人たち、指導者、商店主、行政などの参画が求められている。若い女性に子どもを生むように仕向けて、出生率を向上することだけでは、わが国の少子化インパクトを防ぐことはできないといえよう。 本授業では、学生自らが、授業だけでなく、研究活動にも参画し、卒業時には社会に通用し、社会で自己を発揮する能力を身につけ、群れから離れて社会に「一匹で」飛び出していけるよう、学生の成長を促す。 5-2 授業の目標  授業の目標については、上記研究の成果、とくに現代学生の社会化過程における困難性の理解を踏まえ、次の3つを受講学生に対して提示した。 @親の気持ちがわかり、親や大人と向き合い、子育てを支援することができるようになる。 A親たちが地域や親の会で積極的に活動し、主体的に参画することの意義を知っている。 Bまちづくりや社会全体の観点から、子ども支援を考えることができるようになる。 5-3 学生による研究の種類と方法 表1 親の会調査様式例 回数 調査日時 調査時間 被調査者 調査者 調査方法 調査項目 調査結果 第1回 ○月 ○○日20:42 25分 仮名にする インタビュー Q1−1 PTAの経歴 Q1−2 以下略 A1 −1 以下 略 第2回 ○月 ○○日22:10 0分 メールで回答 Q2−1 役員の期間 Q2−2 以下略 第3回 ○月 ○○日13:10 40分 インタビュー Q3−1  大学在学中のクラブ活動 Q3−2 以下略  希望する「自由課題」に応じて各グループに分け、すべてのグループに、次の3つの研究課題を提示した。 @ 親の子育て研究  以下のとおり、個人課題とグループ課題とを提示した。 個人課題=年表作成、子育ての喜びとうれしかった時、子育ての悩みとつらかった時、など。 グループ課題=他者の「個人課題」研究成果とあわせて一覧表をつくって比較し、一致点と相違点を見いだす。 A 親の会研究  調査内容記録のための様式例として、表1を示した。 注意事項としては、「被調査者の承諾を得た上で、なおかつ、相手のプライバシーを守ること。個人情報を他に流出しないこと」を挙げた。 B 自由課題研究 研究方法としては、学生に次のように示した。  見取り図、マップ、チラシ、ポスター、進行表、年間計画表、まちの人材リスト、グラフ、文章などの研究成果のまとめ方が考えられる。研究と同時進行で、とりあえずだれかがこれを試作し、その後、グループワークとして、研究で得た知見をもとにこれを改善していく。  研究課題としては、事前に記述させた学生個人の関心をもとに、教師が次の研究課題として編成して提示し、学生に選択させた。 ( 1) ネットコミュニケーション研究 ( 2) 三世帯家族代替え方策研究 ( 3) 親の相談したい内容と対応方法研究 ( 4) 安全冒険公園づくり研究 ( 5) 親子交換日記の意義と方法研究 ( 6) 公民館・児童館子育て支援研究 ( 7) 親子参加イベント・施設研究 ( 8) 親子カフェ開発経営計画研究 ( 9) あいさつ促進指導法研究 (10) 子どもの自己決定権拡張研究 (11) 子どもが愛しくなる方法研究 (12) 親と子どもの居場所づくり研究 (13) 地域親密化あの手この手研究 (14) 母親たちによる起業計画研究 (15) 父親の子育て参加支援研究 (16) 父親の地域活動開発研究 (17) 親子参加レクリエーション研究 (18) 子どもを取り巻く環境網羅的把握研究 (19) 親子のコミュニケーション研究 (20) 親子自然体験研究 (21) 指導者と保護者間の連絡ノート研究 (22) 母と娘のいい関係研究 (23) 親離れ、子離れ研究 (24) 親子関係にもたらすペットの意義研究 (25) しつけの悩みと解決方法研究 (26) 子どもの病院研究 (27) 親の権利保護と子どもの成長の両立に関する研究 (28) 親子・子育て支援商品開発研究 (29) 田舎と地域の子育て環境比較研究  結果としては、研究グループが成立しなかった課題もあったし、学生が上記リストとは別に新たに希望して採用された課題(「ヤンママの生態学研究」など)もあった。 6 学生による「子育て支援研究」の効果と社会化支援の視点から見た意義 6-1 研究の方法  調査および分析は、以下のデータを対象に行なった。なお、下記データについては、本稿執筆中の現在も、収集および入力を継続している。 @ 学生の記述内容(自己表現) A 学生の研究成果 B 音声・映像による授業記録  学生の記述内容の分析は次のように行なった。毎回の授業ごとに、パソコンまたは携帯電話から、インターネットのBBS(電子掲示板)に、「授業中や研究活動中に気づいたこと」または「研究活動報告」を書き込むよう指示した。この内容を類型化して分析を行なった。  学生の研究成果の分析は次のように行なった。次の研究成果を各グループで作成、提出させ、内容を検討した。 @ 「自由課題に関する問題点と解決策」(図解) A 中間発表における投影資料(図表等) B 最終発表における投影資料(図表等、予定)  また、個人に対しては、次の課題をレポートとして提出させ、内容を検討する。 @ 「子育て支援研究の意義と課題」(文章記述) A 研究論文(選択課題)  音声・映像による授業記録の分析は次のように行なった。各回の教師の発言と学生の反応、彼らの自己表現や研究成果を対照して分析した。そのことによって、教師の働きかけのどこがどのように彼らの社会化に影響を与えるのかを分析しようとした。  本稿では、「親の子育て研究」、「親の会研究」、「自由課題研究」に関する中間報告における投影資料を用いて考察する。 6-2 結果と考察 6-2-1 親の子育て研究  グループ01から04までの研究成果を、それぞれ表2から表5までに示した。  中間発表の段階では、表2から4までは、一覧表にさせることによって、親の間の共通点、差異などを、明らかにすることができたと考える。しかし、それをどのように整理したらよいのかということが学生には難しかったのであろう。 表2 グループ01の「親の子育て」研究中間成果 A B C 子育ての苦労 思い通りにいかない 自分の時間が予定通りにいかない 病気のとき 両親が早婚だったので、白い目で見られたからママ友だちがいなかったからつらかった 年齢的に若く経済的に苦しく休日も子どもに接してあげられなかった 周りに同世代の子どもがいなかったから幼稚園に行って友だちを増やすようにしてあげた 二人目だから、あまり苦労していない 子育ての工夫 いろいろな本をよんだり、いろいろな人に話を聞いて、一つの答えにしぼらないようにした 近所の人が面倒をみてくれた 表3 グループ02の「親の子育て」研究中間成果 A B C D E F 親が一番苦労した時は 病気や夜泣き 病気や夜泣き 病気、怪我 病気、怪我 苦労なし 病気 親が思う子育てとは 自分の夢 忍耐と辛抱 三つ子の魂百までも(自分を犠牲にしても) 元気にすくすく育つこと 子ども第一 あいさつが命 人に迷惑をかけないように育つ 病気にかからない  一緒に子も親も成長すること 子育てしていて一番うれしかったこと 立つなど初めてのことなど 笑顔がうれしい  子どもが他の人にほめられたとき 病気が治って元気になったとき  子どもが自分自身の夢に向かって頑張っている姿を見ているとき 立ったとき、しゃべったとき、生まれた時 受験に合格したとき 夢が成功したとき  一つ一つ成長していく様子が目で確かめられること 表4 グループ03の「親の子育て」研究中間成果 A(47歳) B(46歳) CC(46歳) D(52歳) E(46歳) 出産した年齢 長女 28歳 長男 31歳 次女 36歳 三女 39歳 長男 23歳 長女 26歳 長女 23歳 長女 32歳 次女 34歳 長男 24歳 長女 26歳 次女 28歳 三女 34歳 子どもを産んでうれしかったこと 健康に育ってくれること 初めて「ママ」と呼んでくれたこと 健康に成長していってくれること 生活に張り合いがでること 生活が楽しくなったこと 学生時代何の部活にはいっていたか バスケット 卓球 卓球 バレー いままでどのような仕事をしてきたか 銀行員 学童保育の先生 事務員 病院の受付 事務員 表5 グループ04の「親の子育て」研究中間成果 A B C D E まとめ 子どもが生れた時の気持ち とても嬉しかった ほっとした 嬉しかった 無事に生まれてよかった 嬉しかった 無事にうまれてくれて幸せな気持ち 親として責任感を感じた 子どもが生まれてきてくれて幸せになり嬉しかった みんな望まれて生まれてきた子ども 子育てに関して最初にぶつかった壁 家事との両立が大変で睡眠不足になった ミルクを吐き続けたこと 夜泣きがひどくどうしても泣き止まなかったこと わからない 夜泣きがひどかったこと 人を育てることに戸惑いや不安を抱えとても大変だった(夜鳴き、家事との両立、ミルクのあげ方) そのときの状況 2,3時間泣き止まなかった 母乳を飲ませた後噴水のように吐いた 抱いても母乳を与えたも、オムツをかえても泣き止まなかった わからい 抱っこやおんぶ をしてあやせば泣き止んだ 子どもに笑っていて欲しいとか、何事もなくあってほしいと思う反面、うまくいかないときの対処法がはじめての壁では見つけられず、戸惑っている様子 そのときの心境 少しノイローゼ気味でどうしたらよいのかわからない 何かの病気かと心配だった いい加減にして欲しいとイライラした わからない 寝不足が続きイライラした その状況を見つけ、母親たちも精神的に疲れているようだ *もしかするとここで虐待の方向へいってしまうのではないか そのときの対処法 本を読む 友だちに聞く 熱もなく良く眠っていたので特に何もしなかった 添い寝をしたり、抱っこしたまま一晩すごした わからない 日中天気の良い日は外へ出かけた 子どもが寝ているとき一緒に寝た 主人が休みのときは預けて買い物がてらに一人になれる時間をつくった 子どもと少し離れて気分転換をしたり、子ども寝顔などかわいい姿を見て「頑張ろう」としていたようだ 親の目の届かない範囲で生活しているときの心境 少し心配 先生を信頼することで特に心配はなかった 家で話を聞くことで行動がわかったので特に心配しなかった 人に迷惑をかけることをしないといいなと思っていた 安心している 楽しく過ごしているか不安だった ご飯は好き嫌いなく食べているか心配だった 学校の先生と親がうまく信頼関係を築いたり、子どもから聞く学校での1日の出来事でとらえるものがあったようだ  初めての学校を入学・卒業した時の心境 【入学】 嬉しい 【卒業】 嬉しい 【入学】 成長の姿が見られ大変嬉しい 【卒業】 今までのことを思い出し感無量 【入学】 どのように成長していうか不安 【卒業】 無事卒業できた安心と成長したことの喜び 【入学】 うまく学校生活が送れるか、友だちができるか、いじめにはあわないかなど心配 【卒業】 成長した子どもを見てとても嬉しく大きくなったことを再度実感した 【入学】 かわいらしい 【卒業】 立派に成長した姿に感動した 【入学】 入学ということに多少の不安や心配はあるようだが、心境は嬉しいみたいだ 【卒業】 無事に大きくなっていく子どもを見て、成長を再度実感し、嬉しく思える  これに対して、表5により、グループ04が、各調査項目ごとの「まとめ」を試みていることがわかる。しかし、そのまとめ方には、全般的に、「共通点を見いだしてまとめる」という傾向が見いだされる。とくにQ1のまとめの「みんな望まれて生まれてきた子ども」という言葉に代表されるような予定調和的な結論の仕方については、現代学生の志向を表していると考える。  研究を深めさせるためには、個人間の差異にもっと注目させ、学生の研究関心を引き出す必要があるだろう。さらには、そこから、調査対象個人の各項目間の回答の横断的分析まで深めさせていくことが、質的調査の発展を促すものになると考える。  このことは、学生が社会化を達成するにあたって問題になることとも一致していると考える。すなわち、ピア・コンセプト(同輩意識)によって「群れのなかでの同質化」が進行することと、共通する答えを見いだそうとするあまり、個人間の興味深い差異を見過ごすこととは、本質的には通じていると考えられる。  この点で、個人的事象における異なりという事実に対して、科学的態度で臨もうとする研究態度は、ピア・コンセプトを乗り越えて望ましい社会化を達成することにも資するものになると推察される。 表6 グループ01の「親の会」研究中間成果 A B C 子育てに役立つことはありましたか NO YES YES なぜ親の会に参加しましたか 誰も手をあげる人がいなかったから仕方なく 同じ年の子どもを持つ親がいっぱいいるから、子育てについて色々聞くことができるから 同年代の子どもをもつ親と話して友だち(親の)和を広げるため  親の会をいやだと感じたときは 集まりが多いこと 仕事の日と集まりが重なったとき 親同士の陰口があるとき 親の会をおもしろいと感じたときは なし 普段交流がない親と交流できること 子どもが学校に行っているとき、友だちになった親と食事にいったこと 親同士の友だちができたか できない できた できた 表7 グループ02の「親の会」研究中間成果 A E PTAをしていて得したことは 学校の現場がよくわかった 学校の様子がわかった 自分自身勉強になった 他人との交流ができた  PTAの仕事 子どもたちのすごしやすい環境づくり 学校行事の参加、企画、料理、手芸、救急法、PTA会費集金、PTA総会 PTAは必要か 学校の現場を知るには必要 親同士の交流になって子ども、学校の様子がわかるので必要  表8 グループ03の「親の会」研究中間成果 A B C D E PTAの経歴 小学校3年生 3年間 小学校3年 1年間 小学校5年 1年間 小学校5年 1年間 どのような役員 学級代表 選考委員 クラス委員 研修部 広報部 やった・やらなかった理由 やる人がいなかったから 1回やればやらなくてもすむから やる人がいなかったから 仕事が忙しかったから 1度はやらなければいけないから やっておもしろかったこと 他の学年のお母さんと仲良くなれた いろいろな親との交流 先生や親同士仲良くなれた 先生と仲良くなれた いやだったこと 人前にたたなければいけない いちいち学校に呼ばれたりする 仕事を休まなければいけない 学校にいくのがめんどくさい 子供会歴 3年間 1年間 9年間(中学でもあった) どのような役員 子供会の企画 地区の代表 子供会の企画 会計 やった・やらなかった理由 子供会がなかった 順番 (マンションの階ごと) 1度はやらなければいけないから 順番 子供会がなかった やっておもしろかったこと いろいろな親との交流 子供の笑顔がみられる 他の子供と一緒に遊べる いやだったこと 人間関係 自治会の行事の手伝いなどにも時間がとられる 集まるのが面倒 6-2-2 親の会研究  グループ01から03までの研究成果を、それぞれ表6から表8までに示した。 「親の会研究」も、「親の子育て研究」と同じ傾向が見いだされ、学生の研究と社会化を支援するに当たっての課題を示す結果になっている。  さらに、「親の会研究」では、PTA役員(委員を含む)をやらなかった親に対して、何を調査するかという点が、学生にとっては困難な問題となった。  このことについては、社会化支援の視点から、次のように考える。  学生の意識のなかで、社会参画の建前だけが先行してしまう場合、親一人一人の状況や感じ方に基づいて考察し、阻害要因等を科学的に突き止めていくという作業が困難になる。  逆に、研究活動を通して、それぞれの親のもつケースごとの分析ができるようになれば、「すべての人が、同じように積極的に参加すべき」という実現困難な「内なる教条」を乗り越えることができるだろう。「建前」を疑うことなく 表9 グループ01「親子関係にもたらすペットの意義」研究中間成果 ペットの種類 金魚 カブトムシ 犬(パグ、シーズー) 犬(雑種) 犬(雑種) 猫(ノラ) 猫(雑種) ペットなし 癒されるか YES NO YES YES NO NO YES 家族の誰が癒されるか 父 家族全員 家族全員 祖母(他の人も少し) なぜ飼っているのか お祭りですくってきた 網戸にくっついていたから仕方なく飼った 気付いた頃からずっといる 友だちのうちで生まれた赤ちゃんをもらった 子どもの(犬)貰い手がなく仕方ない 孫がひろってきた なぜ癒されるのか 子どもが父に冷たいから ニコニコしてペロペロしてくるからかわいい 疲れて返ってきたときに「おかえりー」と尾を振るから。 孫とよくケンカをするから なぜ癒されないのか 昼間土の中にいて、会う機会がないから 毎日だれが散歩するのかでケンカするから 優しくするとついてきちゃうから逆に困る ペットがいなくても他のことで代用し、癒される 夫婦げんかの解決になるか NO NO YES NO(室外犬だから) NO NO エサは何をあげてるか 金魚のえさ ゼリー、すいか ドッグフード(やわらかい) ドッグフード オリジナル あげない (小さい頃は缶詰とミルク) 缶詰、キャットフード 正直飼いたくなかったか NO NO NO NO YES YES YES拾ってきたから仕方がない だれが世話しているか 父 妹(母) 母 母 母 おば、おじ、祖母、いとこ 考察 ・世話をするのは家にいる時間が長い母親が多かった。 ・ペットに愛情をそそぐ分ペットが自分になつく(愛情がかえってくる、たしかな愛を感じる) ・癒されないと感じる人は自分の愛情が足りないからである。だから雑種やノラ猫には癒されないという人は自分がその動物たちに愛がないから癒されないのであろう。 ・家族関係でうまくいかないことがあるときにペットに接することで癒され心をおちつかせ、穏やかな気持ちで家族に接することができるようになり、よりよい家族関係を築くことができる。 ・ペットを飼っていない家族は他のもので癒されているのか。 表10 グループ02「子どもを取り巻く環境」研究中間成果        環境改善案1 街灯を増やそう              環境改善案2 公園をきれいにしよう 出身地 問題点1 問題点2 問題点3 栃木県A市 ・外灯が少ない ・変質者が多い ・不良のお兄さんが多い 埼玉県B市 ・歩道と車道の区別が少ない ・田んぼばかりで人気がない ・暴走族が多い 埼玉県C市 ・外灯が少ない ・死角になる所が多い ・公園など子どもが遊ぶ場所で落書きが多い 東京都D区 ・河川敷での変質者が多い ・不良外国人が多い ・犯罪率が高い 東京都E区 ・公園が少なくゲーセンが多い ・路上駐車(駐輪)が多い ・浮浪者が多い 沖縄県F市 ・タクシー(タクシーの運転手がいろいろ売りつける) ・学校の近くにラブホテルがある ・ポイ捨てがはげしい 表11 グループ03「親と子のコミュニケーション」研究中間成果 A B C D 最近どのようにコミュニケーションをとっているか 話しをしたり、遊んだり 学校のことを話したり、いろいろなことを話した 一緒にご飯を食べたり、話しをしたりした 一緒に買い物に行ったりする どのようなコミュニケーションがあるか 話す、遊ぶ、スキンシップ メール、何でも話す メールをしたり、話したりする メール、話す 親の視点でどのようにしたらもっとコミュニケーションをとることができるか 子どもに遠慮しないで、どんどん話しかける 自分から話しかける できるだけ一緒にいる時間を増やす できるだけ一緒にいる時間を増やす 今はメールによるコミュニケーションがあるが、それをどう思うか あまり良いとは思わない ひとつのコミュニケーションとしてよいと思う コミュニケーションの一つだと思うが、相手の表情がわからない 一つコミュニケーションとしてよいと思う 今と昔のコミュにケーションの違いは何だと思うか 個人の部屋があるので、一緒にいる時間が少ない 携帯を持つようになってメールで済ませることが多くなった 一つの部屋で家族団らんで過ごすことが多かったが、今は個人の部屋で過ごすことが増えた 昔は親に対して口ごたえができなかったが、今の子どもは普通にする 表12 グループ04「子どもが愛しくなる方法」研究中間成果 A B C D 子どもに手をあげたりしたくなったことはありますか ある ある。年齢が若いときほどおさえられなかった しつけの意味で手をたたく、おしりをたたくことはある ある それはなぜですか 口でいってもわからないから 子育てに自信がないため、子どもの意見を聞くことより自分の意思を通すから 言葉で解らないときに行う 反省せずに口答えをしたり、いくら言っても返事をしない時など その後なにか考えて子どもに対して改善したことはありますか なし 余裕をもって子どもの意見をきくようにした なし なし それを通して子どもは変わりましたか 変わった 変わった子もいるが、反抗する子もいた してはいけないことは理解できたのでは 怒られたことに関しては理解したと思う それによって子どもへの愛情が変わったと思いますか 変わらない 変わらない いつも愛情は同じ 変わらない 自明のこととして処理する彼らの教条主義とも呼ぶべき思考過程は、科学的思考法を妨げるとともに、結局は彼らを社会参画から遠ざける働きをしていると考える。なぜなら、他者に対して「社会参加すべし」という「踏み絵」を押しつけようとする者は、結局は自らの自由な参加決定をも抑圧する結果になると考えられるからである。  これに対して、個人に対する臨床的な研究態度を養うことは、自分自身も含めて、「個人がおかれている状況のなかで、社会に対して、できる範囲で参加する」という柔軟で生産的な思考に転換することにもつながると考える。  このことにより、自己という「個」を社会のなかで適正 に位置づけて、社会参画に意欲をもつことができるようになり、結果として望ましい社会化にも資するものになると推察される。 6-2-3 自由課題研究  グループ01から04までの研究成果を、それぞれ表9から表12までに示した。本表から学生による「子育て支援研究」の効果について、次のように考える。  第1に、学生自身およびその環境という「資源」の調査対象としての活用についてである。  これは、調査の客観性の確保の面からいえば問題は多いといえるが、学生の自己客観視や、自己とは異なる他者の存在への気づきの面では、資するところが大きいともいえる。これらのことが、学生の望ましい社会化に寄与することは明らかである。  大学教師が学生による研究活動を推進しようとする場合、学生自身の価値観や周囲の人々の存在、生まれ育った環境等が一人一人異なることに気づかせ、それらを研究対象として関心を持たせ、客観視できるように導くことが重要であろう。それは、学生の研究能力の育成としてとともに、社会化支援としても効果が大きいと考える。  第2に、他者の意見という「事実」に対する主体的関与についてである。  中間発表の当初、多くの学生は、被調査者が言ったことを、そのまま結論として利用しようとした。これは、今までの教育のなかで「答えを教えてもらうこと」に慣れてしまったことが原因と推察される。  教師は、「研究においては、『Aさんはこう考えている』というデータでしかない」と助言し、自分たちの切り口を見つけて、その回答を分析するように指示した。このようにして、受け身の姿勢を改めさせ、自らの主体的思考による分析を経て、結論するようにさせることが、学生の研究能力を育てることは明らかである。  同時に、このことは、他者に対して主体的に関与しようとする意欲と能力につながるものと考える。  第3に、第2とも関連するが、他者の意見間および自己の意見との差異の解釈と構造的把握についてである。  4-1-2において、他者の異なる価値観と出会い受容する「価値観ゲーム」が学生に容易に受け入れられたのに対して、他者の異なるカードをグループ化して表札をつけたり、全体を構造化したりする作業が必要になる「図解ワーク」は、学生の側に強い抵抗感があった。  これは、自己とは異なる他者と「共存」はできても、理解の「共有」はできないという、現代学生の社会化の可能性と限界を示すものと考えられる。「人それぞれ」という言葉で簡単に片づけられてしまいがちなのである。  表9から表12までの自由課題研究の中間発表資料においても、個人間の差異は見いだしているものの、全体をどう構造化して把握するかという面については、彼らの戸惑いがうかがわれる。  その場合、教師が図解や類型化などによる検討を指示することは、彼らのもつ「人それぞれ」という限界を乗り越えさせ、「意味ある他者」を能動的に取り戻させるきっかけにもなると考える。  第4に、「批評精神を働かせる」ということについてである。  上記第2、第3の効果を実現するためには、研究において必要とされる「批評精神」が、他者の回答を分析するにあたっても重要になると考える。「人それぞれ」で終わらせてしまっては、研究は深まらないからである。  この点に関して、現代学生の「共存志向」には、「自分が批判されたくないから他者を批判しない」という消極的な傾向もうかがわれる。  現在、関係する諸学界において、青少年にとっての自己肯定感(Self-Esteem)の重要性が指摘されている。しかし、「批評されない」ということが、真の自己肯定感の涵養につながるとは考えられない。これに対して、研究活動において真摯な批評の方法を経験することは、「打たれ強い」、「友人と真摯に批判しあう」などの資質と能力にもつながる。その点で、安定した自己肯定感を養い、それに基づく望ましい社会化を促す効果をもつと考える。 7 討論−本教育活動の社会化効果と研究上の課題  本稿の後半では、親の子育て研究、親の会研究、自由課題研究に関する以上の考察をとおして、学生に「子育て支援研究」を行わせる効果を具体的に検討してきた。  その検討結果をもとに、次の3点を、総体的な社会化効果の要素として提起しておきたい。これは、親がたとえばPTAなどの親の会をとおして「子育てのまちづくり」の活動に参加するなかで成長する過程を構成する要素と一致していると考える。  第1に、「参画」である。親は、「しぶしぶ始めたPTA」のなかで、主体的に企画するおもしろさを知り、成長していく。同様に、学生も、「授業だからいやおうなしに始めた研究」のなかで、分析する切り口を見つけ、自らが関心のもてる仮説を設定して、その仮説を検証するための研究を企画する。それがおもしろいのは必然といえよう。  参画は、「勤勉だが、受け身で勉強する」*8 という姿勢から、「おもしろいから研究する」という姿勢に学生を転換させる効果があると考える。躾(しつけ)は社会化のための重要な行為だが、一方で個人は、「おもしろいことをしたい」などの自己の求める生き方を現実社会に適したかたちで実現する能力が求められる。「よくしつけられただけ」では、人間の場合は、社会において自己を十分には発揮できないのである。おもしろさを自らの力で見いだすことは、研究の重要な一側面であると同時に、学生が社会に主体的に参加するための必要不可欠の要素といえよう。  第2に、「交流」である。親は、PTA役員になることにより、わが子とは学年の違う子の親などとも話す機会が増え、ときにはよその子や地域の人々と交流することにもなる。学生も、自由課題という研究目的を同じくする者同士と共同研究を行い、さらには、地域の親子や企業、店舗の人のところに行き、話をすることになる。  ネットワーク社会においては、交流を即目的とする交流より、むしろ、特定の目的のもとに人々が交流する。研究活動に付随して、このような交流を自主的に体験することは、ネットワーク社会における人的交流能力を育てることになるといえよう。  第3に、「世界の拡大」である。親は、PTA役員になることにより、今まで話したことのなかった学校管理職等と話す機会が多くなり、わが子の周りとしての「学校」だけでなく、社会や地域のなかでの「学校」を知るようになる。学生も、今までに知識として習っていた「対象」について、調査をとおしてその「素顔」を知り、研究をとおして社会的文脈のなかで、その対象をとらえようとするようになる。  広い視野から自己の職業や生活を見ることができるようになることは、個人が社会のなかでの自己の位置を客観的に認識し、それをもとに行動できるようになるために不可欠の要素といえよう。  以上の社会化効果を確かめるため、今後は、教師の課題提示(問いかけ)、指示(研究の進め方)、回答(レスポンス)等の、どの行為が、どのように、役割提供機能(研究活動)、表現支援機能(文章、話し合い、発表)、揺さぶり機能(固定概念の打破)、受容機能(学生の研究成果への評価)、課題解決機能(気づきの促進)を発揮するのか、より具体的に明らかにしていきたい。  そのために、学生の研究成果の検討のほか、各回の学生の記述内容から気づきのキーワード分析、音声・映像による授業記録からの学生の反応の分析等を行いたい。  子育て支援、次世代育成の重要性が叫ばれる少子化社会の今日、子ども支援者には、担当する子どもたちの担当する時間だけでなく、その親に対しても可能な限りでの子育て支援を行い、子どもの家庭や地域での環境にまで目を配り、その改善のために自分のできることは関わろうとすることが求められる。  しかし、将来子育て支援者になろうとする学生が、そういう資質・能力をもって卒業するためには、一つの重大な問題がある。その問題とは、現代青年の社会化の困難性である。社会参画どころではない現代青年の状況がある。これは、現代社会においては「社会問題」といえよう。  青少年が引き起こす事件があるたびに対処療法的な方策をあれこれ講じようとすることより、もっと基本的なこのような問題があることを認識し、研究を進めたい。  「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究」における学生の研究参画について、大学教師としての実践と研究をより深めて、この社会問題を打開する展望を追究していきたい。 ------------------------------------------------------------------------------------------- 注 *1 西村美東士「ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高める授業方法」、大学教育学会『大学教育学会誌』22巻2号、pp.194-202、2000.11. *2 同調査はメディア教育開発センター通信研修「学生による授業評価実践」の支援を受けて行った。 *3 西村美東士「学生の社会化を支援する大学授業の方法論」、徳島大学『大学教育研究ジャーナル』、pp1-19、2004.3. *4 坂口順治『実践・教育訓練ゲーム』、日本生産性本部、pp93-100、1989.5. *5 坂本登『社会教育の団体と行政』、日常出版、p122-123、1988.7. *6 西村美東士「大学授業における学生の社会化過程の類型−個人化と社会化の相互関係に着目して」、大学教育学会『第24回大会発表要旨集録』、pp116-117、2002.7. *7 前掲「学生の社会化を支援する大学授業の方法論」 *8 2003年度上智大学・学内共同研究報告書『12大学・学生調査−1997年と2003年の比較−』(平成16年4月、研究代表者武内清)は、「授業にまじめに出席」や「先生からの指導を求める」といった高校生的な生徒化傾向から脱していないことを、学生の特徴として挙げている。