第 x 章 若者の友人関係の類型と社会化支援 徳島大学 西村美東士 1 はじめに  本章では、若者の友人関係を「自分らしさ」への意識との関連から類型化し、それぞれの特徴を分析する。その上で、青少年教育等の場において、どのような「仲間関係」を意図的に提供することが、効果的な社会化支援につながるのかを検討する。  現在、筆者は科学研究費の支援を受け、「青少年問題に関する文献データベース」を構築しつつある。これは徳島大学大学開放実践センターのホームページ上で一般に公開している。これによって、関連文献の要旨における「社会性」と「個性」のヒット率の経年変化を比較し、次のことが明らかになった。1993年に「個性」は「社会性」の2倍になるが、98年に逆転し、「社会性」優位の状況が現在まで継続している。(1)  1984年の臨時教育審議会発足以来、教育の世界では個性重視が叫ばれ、現代青年も「自分らしさ」を追い求めてきた。しかし、青少年が引き起こす「問題」が社会を大きく揺るがすたびに、規範意識の形成等による社会化が必要という議論が繰り返し沸き起こっている。このような状況の根底には、個人としてよりユニークに深まる個人化と社会の一員として適応する社会化との二項対立の問題があると考えられる。  この問題は個人の側面にも深刻な影を落としている。「友達から変だと思われたらもうおしまい」という言葉に象徴される「同化圧力」が指摘できる。他者との同質化というある種の社会化過程が、自己の異質性を犠牲にし、自己をかなぐり捨ててでも実現しなければならない重荷として意識される。しかも青少年の場合、同質化の対象はあくまでも「ピア」(peer:同等の者、同輩)であって、一般的な他者や社会ではないことが多い。個人化と社会化はますます相反するものになっていく。  「自分らしく生きる」、「社会に役立つ人間になる」など、社会問題がおこるたびに、「教育に期待されるもの」は揺れ動く。しかし、その揺れは、個人化と社会化の両方に向けた現代人の苦悩とは遊離しているのではないか。  以上の点から、若者の友人関係の類型とその特徴に基づいて、効果的な社会化支援のあり方を検討することが求められていると考えた。 2 研究方法  筆者は、ある授業で「自分らしさを守り育てることと、社会性を身につけることはどういう関係にあるか」についての学生の記述内容を分析し、その類型を図x-1のようにまとめた。(2)  Tの学生の記述内容例は次のとおりである。  「自分らしく生きたい」と思っている今その全てが「自分らしさ」。社会性が身に付いていてもいなくても、それがそのまま「自分らしさ」。言葉に振り回されてはいけない。結局自分自身で認めるかどうかの問題。  これを「主観的自分らしさ優先型」と名付けた。  Uの学生の記述内容例は次のとおりである。  他人と違う行為や言動で仲間から外されるという恐怖があって自分の意見を言えない。意思を押し通そうとすれば「協調性がない」と煙たがられる。自分らしさを守り育てることと、社会性を身につけることは相反する。  これを「同化圧力としての社会化型」と名付けた。  Vの学生の記述内容例は次のとおりである。  自分らしさを守り育てることは、社会性を身につけることの中に含まれる。社会性を身につけた上での、社会に受け入れられる自分らしさじゃないと価値がない。両者は同時に並行して行われなければならない。  これを「社会への組込まれ必然型」と名付けた。  Wの学生の記述内容例は次のとおりである。  自分らしさは、人と接することでさらに磨かれる。健全な両者を持つということは他者へも良い刺激となり、再び自分へつながる。よってこれら2つの関係は、お互いに盛りたてあう関係にある。木と根っこのようにも思える。  これを「社会と自己相互発展型」と名付けた。 図x-1 社会化の類型  各類型における社会化の特徴や問題点については、それぞれ次のように推察される。T自己を守ろうとする純潔さゆえに、組織や社会に対しては「仮所属」になりがち。U表面上は外部からの同化圧力に屈服した形をとり、主体的には社会に関わらない恐れがある。V過度に社会に適応しようとし、組織や社会になじめない自他の個性については否定しがち。W実際に自分らしさの危機に陥ったときに、それを認めようとしなかったり、挫折したりする恐れがある。  しかし、どの学生も、就職をはじめとする自己の社会化を、自らの課題として真剣にとらえようとしていた。これらのことから、社会化機能がむしろ積極的に発揮されることが若者自身からも求められていると考えられる。  その場合、先述のようにそれぞれの類型ごとに問題を抱えており、望ましい社会化のための近道や、ましてや普遍的な「唯一の道」は期待できないと考えられる。一人一人が一連のプロセスのなかで揺れ動き、そのときどき判断していく性質のものといえよう。  そこで今回の研究では、友人関係に対する態度を横軸に、「自分らしさ」に対する考え方を縦軸にして4領域を設定し、それぞれの特徴を分析することとした。  友人関係についてはQ14Cの「友だちと意見が合わなかったときには,納得がいくまで話し合いをする」、「自分らしさ」についてはQ20Cの「どんな場面でも自分らしさを貫くことが大切」を取り上げ、それぞれの肯定/否定によって4分類した。 表x-1 各分類の度数 Q20Cどんな場面でも自分らしさを貫くことが大切 合計 1.そう思う 2.まあそう思う 3.あまりそう思わない 4.そう思わない Q14C友だちと意見が合わなかったときには,納得がいくまで話し合いをする。 1.そうだ 40 37 28 10 115 2.まあそうだ 81 177 150 17 425 335 205 3.あまりそうではない 43 168 186 25 422 4.そうではない 21 31 41 20 113 263 272 合計 185 413 405 72 1075                         表x-2 4類型の設定(度数) 合意形成への態度 あきらめ とことん 自分らしさ の一貫性 貫徹志向 263 335 状況志向 272 205  Q14Cを「合意形成への態度」として「とことん」と「あきらめ」、Q20Cを「自分らしさの一貫性」として「貫徹志向」と「状況志向」に分類し、図x-1「社会化の類型」の4類型の配置に準じて表x-2のように4領域を設定し、各類型の特徴を分析した。 3 各類型の特徴  それぞれの類型について、他のすべての類型を合わせたものと比較し、有意差のあった項目を図x-2から図x-7までに示す。検定結果は、危険率0.05以下のものは○、0.01以下のものは◎で示した。「有意差なし」と表記したものは、0.05より大きいものである。  図x-2の「現存重視か探求発見か」については、Q18@「ありのままの自分でいることが大切」に共感する者を「現存重視型」、Q18A「自分の個性や自分らしさを探求し,発見することが大切」に共感する者を「探求発見型」として、4類型ごとにその特徴を分析した。 図x-2 4類型の特徴(属性・文化・現存重視か探求発見か)              貫徹志向    U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向 図x-3 4類型の特徴(音楽)              貫徹志向    U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向 図x-4 4類型の特徴(メディア)              貫徹志向    U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向 図x-5 4類型の特徴(親友・友人)              貫徹志向    U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向 図x-6 4類型の特徴(恋人・自己意識)              貫徹志向    U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向 図x-7 4類型の特徴(影響・判断基準・社会意識)              貫徹志向    U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向 4 社会的能動/受動との関連の考察  以上の分析から、それぞれの類型に応じた社会化支援のあり方を検討すべきであるということはいえよう。しかし、本研究で設定した4類型は、図x-1で想定した「社会化の類型」とは必ずしも一致しないことも明らかになった。その原因の一つとして、友人との合意形成への態度が、必ずしも社会的な能動/受動にはつながらないということが考えられる。  そこで、それぞれの領域を社会的能動/受動に分け、友人関係、とくにピアへの対応の特徴について、仮説ではあるが、図x-8のように考察した。 図x-8 社会的能動/受動との関連(仮説)              貫徹志向  U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向  この仮説の妥当性を確かめるため、「貫徹志向」の類型の者については、Q25B「個人の力だけで社会を変えることはできない」の回答により、「状況志向」の類型の者については、Q25C「みんなで力を合わせても社会を変えることはできない」の回答により、それぞれ否定を「社会的有能感」、肯定を「社会的無力感」ととらえ、8分類に細分化した。度数分布は表x-3のとおりである。これを図x-7までに示した項目について分析し、類型ごとに有能/無力で比較して、図x-9の結果を得た。 表x-3 4類型×社会的有能感/無力感の度数分布 Q25B「個人の力だけで社会を変えることはできない」 Q25C「みんなで力を合わせても社会を変えることはできない」 無力感 有能感 合計 無力感 有能感 合計 T 235 98 333 88 245 333 70.6% 29.4% 100.0% 26.4% 73.6% 100.0% U 190 70 260 81 180 261 73.1% 26.9% 100.0% 31.0% 69.0% 100.0% V 207 64 271 75 196 271 76.4% 23.6% 100.0% 27.7% 72.3% 100.0% W 138 67 205 53 152 205 67.3% 32.7% 100.0% 25.9% 74.1% 100.0% (注) T=貫徹志向とことん型、U=貫徹志向あきらめ型、V=状況志向あきらめ型、W=状況志向とことん型。分類と分析には太枠内のケースを使用した。 図x-9 社会的有能感/無力感との関連              貫徹志向  U貫徹志向あきらめ型     T貫徹志向とことん型 あきらめ                      とことん  V状況志向あきらめ型     W状況志向とことん型             状況志向  しかし、図x-9からは、図x-7までに見られたような社会化支援のあり方の検討に資する目立った特徴は見られない。これは、一つには、「個人の力だけで社会を変えることはできない」や「みんなで力を合わせても社会を変えることはできない」を否定したとしても、社会的有能感というよりは建前的な判断が働いてしまったから、二つには、それゆえ、社会的有能感が、「友だちと意見が合わなかったときには,納得がいくまで話し合いをする」という友達との合意形成への態度ほどにはリアルなものにはなっていないから、三つには、社会的有能感がたとえあったとしても、それが図x-8でいう「社会的能動」の展望までにはつながっていないから、などの理由が考えられる。  反面、このことは、社会化支援にあたって、社会的能動/受動以前に、多くの若者がその入り口としての友人関係の場面で立ち止まっていることを念頭に置かなければならないということを示すものともいえよう。「他人と違う行為や言動で仲間から外されるという恐怖があって自分の意見を言えない。自分らしさを守り育てることと、社会性を身につけることは相反する」という学生の記述を思い起こしたい。  社会化支援は、このような若者のそれぞれの実態に応じて行われなければならないと考える。たとえば、「貫徹志向とことん型」の若者に対しては、ピアに協調することを迫るよりは、「趣味や関心が近いこと」、「考え方に共感できること」などの友達への考え方が、ややもするとピアとしての同化にもつながりかねないことを意識し、むしろ異質の者との交流を図る必要があるといえよう。また、「社会と自己相互発展型」の若者に対しては、その楽観主義を助長するとともに、他の「貫徹型」や「あきらめ型」の若者と交流させ、現実を直視し、異なる他者を受容する体験を提供する必要があると考える。  社会化支援が提供するこれらの交流は、現代の若者たちの日常の友人関係とは異なり、異質との出会いによる「共感」を伴うものである。この出会いこそが、「入り口としての友人関係の場面で立ち止まる」若者を、個人として深まり充実する「個人化」へと導くとともに、同時に彼らの「社会化」を促すものになると考えられる。現在、青少年教育における体験学習や、大学教育における参画型授業などが盛んになりつつあるが、それは日常にはないピアを越えた人間関係の体験を提供するところにその眼目を置くべきと考える。  最初に示した「社会化の類型」における、その特徴や問題点についての仮説は、本研究では十分には確かめられなかった。今後は、友人関係やその他の諸側面からその検討を進めるとともに、若者の自己と社会、能動と受動を往復する実態を、より動態的、構造的にとらえ、その実態に適した社会化支援のあり方を明らかにしていきたい。 【注】 (1)西村美東士, 「青少年施策における社会化言説と今後の課題−青少年文献データベースを活用した調査研究」, 2003, 日本生涯教育学会第24回大会自由研究部会発表 (2) 同, 「青少年の居場所−社会化と個人化を意図的・統合的に進める公民館の教育機能」, 全国公民館連合会『月刊公民館』547号, pp12-16, 2002